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2人きりの授業



紋章ごとに分けられたクラスの授業。

珍しい紋章の持ち主である俺とレギー。

俺たちはたった二人きりのクラスに振り分けられてしまった。そしてそのクラスの受け持ちがこの紋章師養成院の責任者であるポープ院長なのだ。


ここはいつもの小さな教室。

大食堂での昼食を早めに終えて俺は急いで教室に戻った。


「宿題を終わらせなきゃな……」



俺が、そうつぶやいて教室のテーブルに腰かけ、せっせと宿題に取り組んでいると、レギーも戻る。

すっと、目の前に座ると、不思議そうに話しかけてきた。



「ねぇ、ウル。あなた何やってるの?」

「宿題」

「木を削るのが宿題なの?」



俺は手元に握っていたナイフの力を緩めて、小さくため息をついた。木彫りの人形を上にかざして形を確かめる。でこぼこと不細工な木偶人形。いがいと形をとるのが難しい。

黙り込んで、何も言わない俺が気にいらなかったのか、レギーの言葉にチクリと痛いトゲが混ざる。




「宿題が木彫りの人形を作る事だなんて、聞いたことないわ。やっぱり呪いの魔術って変な事させられるのね」

「けっ、勝手にいってろよ。これは“ヒトガタ”といってだな。呪いの魔術の基本的な魔道具になるんだよ。これを使ってだな……」




俺は昨日仕入れたばかりの魔術の知識を、レギーに向かって何かの言い訳のように並べ立てた。レギーはどこかひいたような目で俺のうんちくを聞いていたが、途中で強引にさえぎった。



「もう、わかったから。それは重要なものなんでしょ。もうわかりました。はいはい」



レギーはそう言いながら手元に何かの魔術書をひろげて眺めはじめた。出会った当初の控えめなレギーはどこへやら、だ。


俺たち二人しかいないこのクラス。必然的に俺とレギーはよく話すようになり、最近ではシールズやリリカ、バルトロスたちよりも長い時間を共にしている。そのせいか、レギーの俺に対する扱いは、どんどん雑になってきている。まぁ、それはお互いさまでもあるんだけれど。


俺は机越しに、首を伸ばしてレギーの手元の魔術書を覗き込む。

ひらかれたページの隅々にまで、様々な動物や魔獣の絵がならんでいる。



「ほーん、さすが獣の紋章師ってとこだな。まるで図鑑だなぁ」

「はぁ……こんな魔獣たちをどうやって操れっていうのよ」

「あ、この小魔獣とか、かわいいじゃん」




俺はページの隅に描かれていた、こぶりなからだの竜のような獣を指さした。



「ああ、これは、ラックストカゲね。見た目はかわいいけど。すごい“硬い”みたい」

「かたい?」

「鉄の剣が欠けてしまうほど硬い鱗の持ち主らしいわ」

「へぇ、いろんな魔獣がいるもんだ。このまま授業を受けていけばレギーは魔獣博士になれるな」

「なりたくないわよ、そんな博士なんかっ! もうっ!」


俺は首を引っ込めて木彫りの人形を掘る宿題にもどる。


しばらく俺たちは互いに無言のまま、ポープ院長の到着を待った。


俺の目の前で不貞腐れた表情で魔術書を読んでいる、レギーは獣の紋章師。


その名の通り獣や魔獣を操る魔術をあつかうことができる紋章師だ。

俺が呪いの紋章師でレギーが獣の紋章師。

こんなにも毛色の違う紋章師が、同じ教師にそれぞれの魔術を習うだなんてなんだかおかしな話のような気もする。

けれど、ポープ院長が言うには、獣の紋章をもつ教師自体がこの養成院にはいないらしい。そこで院長が教えることになったというわけのようだ。


ポープ院長。俺にとってはまだまだ謎の多い人物ではある。

時の紋章と呪いの紋章の二つの紋章持ち(ダブルクレスター)だと聞いている。

そして相当の魔術の使い手、とも。



かつて、西方に位置するアスドラ帝国が“荒ぶる帝国“と呼ばれていた時代。

何度かこのエインズ王国に仕掛けられた戦争では相当の戦果をあげた紋章師だと聞いている。

あの温和で冗談好きな、しわだらけの爺さんの姿を見ていると、そんな過去の話がまるで嘘ではないのだろうかと疑ってしまうほどだ。


年を重ねれば、どんなに荒ぶる戦士でも、穏やかにしなびていくものなのだろうか。



その時、不意に声がした。




「ほう。よくやっているな二人とも」




 俺たちはいつも通りに肩を震わせて、小さく悲鳴を上げた。声の方に目をやるといつも通りというべきか、本棚の前にいつの間にかポープ院長が立ってこちらを眺めていた。俺は思わず顔をしかめる。




「ポープ院長、いつもいつも急に現れないでくださいよ……心臓が飛び跳ねるんです」

「ほほっほ。それを狙ってやっているんじゃから。ん? ヒトガタの製作はすすんでいるようじゃな。でも、少し……形が悪いな」

「え、そ、そうですか」




 俺が手元の木彫りのヒトガタに視線を落とすと同時に、ふっと俺の手からそのヒトガタがポープ院長の手に渡る。



……?

本当に不思議な感じで言葉で言い表せない。今まで俺の手元にあったはずの木彫りのヒトガタはいつの間にか少し先に立つポープ院長の手元にある。ポープ院長はそのヒトガタを眺めながら、小さくつぶやく。




「ふうむ……ウル、実に下手クソじゃな」




 その言葉がポープ院長の口から出たとたんに、目の前のレギーがはじけたように笑い出す。魔術書を顔の前に必死で笑いをこらえているようだ。俺はつい、口調が乱れる。




「な、なんだよ、レギーったくおめーってホント失礼だな」

「あっははは、だって、ポープ院長ったら、はっきり言うんですもの。わたしが一番最初に思った事を、ぷぷぷ……あはは、はーおかっしいー、お腹がイタイ」



 おれはレギーから視線を外してポープ院長に顔を向ける。




「ポープ院長もひどいじゃないですか、そんなにはっきり言わなくっても……」




 ポープ院長は微笑みを浮かべつつ少し真剣なまなざしを俺に向ける。




「いや、こりゃすまない。しかしの、魔術の効果を上げるには均整と正確さというのは非常に重要なんじゃよ、ウル、お前の宿題はこれからしばらく木彫りじゃな」

「えええ、そ、そんなぁ……」


俺とポープ院長とのやり取りを聞いていたレギーの笑い声が、またひときわ高くなった気がした。



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