呪いの魔術の授業開始★
クレタと幼い竜のワイバーンであるミュウはテマラの屋敷に住まわせてもらえている。
安心できるかどうかはわからないけれど、ひとまずはいい知らせってことにしておこう。
俺の中にあった、もやもやした気持ちが少し晴れた。
紋章師養成院の授業も中期に差しかかろうとしている時期。
ここからは真剣に魔術の授業に集中しなくてはいけないのだ。
中期からの魔術の授業はそれぞれが授かった紋章ごとにクラスに分かれての授業だ。
今日は、朝一番から紋章ごとの魔術の授業だ。
俺は、長い廊下を抜けていき教室が並ぶ塔の一番端っこの教室に向かう。
そして指定された教室の扉をぬける。ふと見渡す。
「え……教室というか……ただの”部屋”じゃないか」
場所を間違えたのかと思うほどにその教室は狭かった。一歩踏み出しながら、見渡す周囲、整然と本が詰め込まれた本棚がその高い肩を並べている。中央にはずっしりとした光沢のある長方形のテーブルが一つ。そのテーブルを囲んで空いた椅子が4つ寂しそうに向かい合っている。
教室の奥にある大きな出窓から差し込む朝日は、どこか青みがかっていた。
コツコツと、俺の足音だけが奇妙に響き渡る。俺はとりあえず、テーブルの一番手前の椅子をひいて静かに腰かけた。ふと横を見ると、部屋の隅、火のない暖炉がぽっかりと口を開けている。
俺の脳裏に嫌な予感がはしる。
「まさか、この授業の生徒は俺一人……なんてことは、ない……よなぁ……」
俺がつぶやいたその時、背中に人の気配。
ふと背もたれごしに振り返ると、そこには大きな丸メガネをかけた制服姿の女の子。
少なくとも俺一人ではなさそうだ。
少し肩が軽くなった。女の子はメガネを指でくいっと持ち上げると口を開いた。
「あ……あのぅ、今日はここで、魔術の授業があるって聞いたんだけど、あなたも?」
「ああ、俺も一応ここに来るように言われてきたんだけど……他にはまだ来てないみたい」
「そ、そう……数が少ないとはきいてたけど、まさか4人だけだなんてね」
「4人? なにが4人なの?」
女の子は眉をひそめて続ける。
「え、だって。椅子が四つでしょ。だとしたらこの授業を受ける生徒は4人ってことでしょ?」
俺は自分の座っていたテーブルに視線を戻す。確かに、四角のテーブルを囲んで椅子は四つ。俺は半信半疑に女の子に言葉を返す。
「いや、いくらなんでも4人って事はないんじゃない?」
「いいえ、この授業の生徒はきっと四人よ。珍しい紋章の生徒は寄せ集めのクラスで授業を受けるって聞いていたから」
「よせ集め……?」
なんだか、その言葉にはどこか抵抗を感じる。が、実際そうなのかもしれない。
俺たちの住むエインズ王国の中で、一番数が多い紋章師は火の紋章師だ。実際に俺と同じ学年の生徒達の中でも最も多いのは火の紋章師だと聞いている。
彼らはみな一堂に集まり、火の魔術の授業や実技を行う事になる。
俺が座ったまま考えていると女の子は俺の目の前の椅子に回り込んで、腰をかけた。
女の子を改めて眺める。彼女は不安げな眼差しでに天井や壁を猫のようにきょろきょろと見渡している。そして、なにかぶつぶつとつぶやいている。くせ毛なのか、赤茶の髪がふわふわと綿のように揺れている。女の子は、やや黄色味を帯びた瞳でこちらを見ると、小さく聞いてきた。
「……ねぇ、あなたも珍しい紋章を授かったんでしょ? 何の紋章?」
「あぁ……俺は呪いの紋章だ、キミは?」
「わたしは……あんまり言いたくないんだけど、“獣”よ」
「獣の紋章、というと。動物や魔獣を操る魔術が使えるとか」
女の子は、薄く表情を濁す。小さくため息をつき、ささやくように話す。
「そう。どうしてこんな紋章なのかしら……呪いの紋章も、獣の紋章も、あまり好かれない紋章よね」
「でもさ、獣の紋章師って獣や魔獣を操れるんだろ? そっれってすごいと思うけど」
「そうかしら……わたし魔獣なんて遠くから見るだけでも怖いの。それにね、わたしもともと動物が駄目なのに」
「動物がダメって?」
「なんだかね、くしゃみとか、体がかゆくなったりとかがひどいの。近づくのも無理なの。そんなわたしがどうして獣の紋章師なんか……神様って底意地が悪いわよね」
「そ、そりゃあ、大変だね……」
女の子は泣きそうな顔で黙り込んだ。俺が次にかける言葉を探すうち、俺達がまだ自己紹介もしていないことに気がついた。
「あ、俺、ウルっていうんだ。キミは?」
「わたしはレギーよ、ん……? ウルって名前。もしかして、あなた前期の試験でトップクラスの成績だった、ウル?」
「へ? あぁ、まぁ一応は、そうだな」
「へぇー、ふぅ-ん、そうなんだー……へー」
レギーは大きな丸メガネを指で押し上げると、俺をまじまじと眺めて、なんだかよくわからない声を何度も漏らしていた。
その時、突然、部屋の隅から声がした。
俺たちは同時に悲鳴を上げた。視線をむけると、部屋の本棚を背に白いひげを豊かになびかせて、院長が立っていた。ポープ院長。この紋章師養成院の最高責任者だ。ポープ院長はおかしそうに肩で笑いながら、話しかけてきた。
「いやぁ、すまん、すまん。ワシは人の驚く顔が大好物での。今のお前たちの顔ときたら、いや~実に滑稽だ」
俺とレギーは互いの青い顔を見つめならが立ち上がると、あわてて挨拶をした。
「お、おはようございますポープ院長先生!」
「ほ、そんなにかしこまらんでもいいぞい。ここでの授業の最中はワシはタダの教師じゃからの。院長はひとまずお預けじゃ」
優しそうな笑みをこちらにむけるポープ院長。
監視所での研修の時、宮廷魔術騎士団のデヴィンさんから聞いてはいた。たしか聞いた話だとポープ院長は“時の紋章”と“呪いの紋章”を授かっている、二つの紋章持ちという事だ。けれど、本当に、ポープ院長から直々に、呪いの魔術の手ほどきを受けることになるとは。
ポープ院長は突っ立っている俺とレギーにさらに告げた。
「さて、今年の珍しい紋章持ちはお前たち二人だけじゃ、この授業は2人だけの授業になるぞい」