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借金まみれの第一歩


クレタと別れてから数日、俺たちはいつも通り規則正しい養成院での生活を続けていた。

学期も後半に入ると、ようやく専門的な魔術の授業が始まる頃だ。

専門的な魔術の授業は、それぞれの持つ“紋章”ごとにクラスが分けられ、それぞれに見合った講義と実技が実施される。


待ちに待った魔術の授業が始まるというのに、俺の心は晴れない。とにかくクレタ達がどうなったのかが気がかりでならない。

すぐにでもテマラの屋敷に向かいたところだが、よほどの事情がない限り、養成院からは勝手に出ることはできないのだ。

無断外出なんてしようものならば確実に懲罰委員会いき。



そんな悶々としていたある日。

ついに手紙が来た。

しかし、今俺の手元にある手紙の主はクレタではなくテマラだった。



俺は部屋のベッドに仰向けに、その手紙を開くと、しばらく睨めっこをした。

これは手紙と呼べるのかも微妙なところ。

なにせ、たったの一行。




「……二日後、面会に行く、テマラ」




手紙の文字はこれだけ。さすがに何も読み取れない。




「はぁ……こりゃ、テマラのオヤジ、相当怒ってるな。くそっ、知るか!」



俺は小さく毒づきながらも一抹の不安を思える。

あのオヤジに怒られることなんて別に大したことはない。そんな事よりも、もしもテマラがクレタをあの屋敷に迎えず、放り出していたらどうしようか。


そのとき不意に、昔の記憶がよみがえる。

俺が大貴族の息子、ウル・べリントンだった頃ならば。

女の子一人と魔獣一匹の面倒を見る事なんて造作もない事だった。たったひとこと、世話をするように執事にお願いをすればいいだけの話だったってのに。

今の俺は、名もなき平民のウル。何の力もない。

いや、昔の俺だって別に大したことはなかったのだけれど。



俺は不安な心を一緒に握りつぶすように、くしゃりと手紙を丸めた。






二日後。


外部からの面会は昼休憩の時に行われる。

俺は養成院の玄関わきにある小さめの芝生広場のベンチに腰かけてテマラを待っていた。

目をほそめて陽に塗られた大きな石門に目をやる。


人影。



灰に濁った薄茶色の髪をかきあげながらヒゲ面の男が歩いてくる。

もう暖かいというのに、暑苦しく分厚い茶のマントを肩からかけて陰のさす目でこちらを睨んでくる男。

間違いない。テマラだ。

俺はベンチから腰をあげて、立ち上がる。

腹に力を入れて、テマラから怒鳴りつけられる準備をした。

が、テマラの表情はどこかゆるい。険しい顔に見えたのは、単に陽がまぶしかっただけのようだ。

テマラ右手をかざして、座れ、という仕草をしながら話しかけてきた。



「よう、久しぶりだな、ウル」




 テマラの意外なほどの普通の挨拶に、俺はどこか拍子抜けした。




「あぁ……ひさしぶり」




 テマラは意味深な表情を浮かべながら、俺の隣まで来ると何も言わずにベンチに腰かけた。俺も座る。

てっきり怒鳴りつけられるとおもって気合を入れていたってのに。なんだか、むずがゆくて、どうにも気持ちが悪い。

まるで怒鳴られるのを待っていたような自分に嫌気がさす。テマラに感化されつつある気がする。



俺は気を取りなおし、とにかく気になっていたことを聞く。



「テマラ、あの子は、クレタは屋敷にきちんとついた?」



 少しの間の後、テマラは腹を揺らして笑い出した。何がなんだかわからない。




「何がおかしいんだよ。さっきからなんだか気持ち悪いなぁ」




テマラはひとしきり笑い終えると、小さくため息をついて話し出した。




「……くっくっく。いや、お前もよくやるね。まさか、不法入国者をかくまうとはなぁ。しかもそれが紋章師養成院のエリート候補生どもだってんだから、こんな滑稽な話はねぇ」

「……ったく。俺たちだって必死だったんだ。でもクレタはちゃんとそっちに行ったんだな」

「まぁな、普通のメスガキだったら、追い返していたがな、不法入国者をかくまうのはいろいろと面白そうだ。ま、あのガキの面倒は女たちが見てるよ」

「女たちってあの娼婦の連中だろ、変なこと教えてないだろうな」




 テマラは鋭くこちらをにらんだ。




「おめぇ、あいつらをバカにすんじゃねぇぞ。こんなところに通っている、おつむのめでてぇ貴族連中なんかよりも、よほどしたたかで賢い奴らだ」

「馬鹿になんてしてない。ただ……あの子の前で裸で追いかけっことかしてないだろうなって意味だよ」

「けっ、そんなことはお前の知った事か。それよりも、だ」



テマラは腕を組んで深く腰を掛ける。そしてゆっくりと話す。




「ガキの方はどうとでもなる。問題は“もう一匹”の方だ。ありゃワイバーンの幼竜だろ?」

「あぁ……そうだけど。それが何か問題なのか?」

「はぁ……お前はやっぱり大貴族で世間知らずのボンボンだ。カネが勝手に無尽蔵に湧いて出ると思っていやがる。あのワイバーン、今は幼竜だからいいが、一年もすればあの体は何倍にも膨れ上がる」



話が見えない。俺は首をかしげる。



「で? それがどうしたんだよ」

「あのなぁ……てめぇ! 成竜どもがあのでかい身体をどうやって維持していると思ってんだ? ドラゴンを飼うなんてなると、どれだけのエサが必要になると思ってんだ。オレはカネはある。だがな、そのカネは呪具を集めるための資金だ。毎日、牛や豚を一匹丸ごと食うような竜のエサを準備する為のカネはねぇぞ」




 ワイバーンの、餌代。そんなカネ、俺にだってあるはずはない。




「え、あ、じゃ、どうすれば……」




テマラは心底あきれ果てた、という顔で俺を見た後、続ける。




「竜の餌代に関しては出世払いにしてやろう」

「は? しゅっせばらい?」

「そうだ、平たく言えば借金だ。お前が稼ぐようになってから、お前から存分に頂くことにした。利子付きだがな。くっくっく、どうだ? それで手を打つか? ま、オマエに選択肢なんてある訳ねぇが。一応お前の承諾を得ようと思って今日は来てやったのさ」




その後、俺はテマラが準備してきた借金の契約書に半ば強制的に署名させられた。

テマラは俺が名前を書いたのを見届けると、契約書を奪うように引っ掴み丸めて立ち上がる。そのまま背を向けて帰ろうとする。


俺は慌てて立ち上がり、呼び止める。

このオヤジ、本当にそれだけのために来たのか。俺はクレタの事が心配でならないってのに。本当にこのオヤジには人の気持ちってものがわからないのだろうか。




「テマラ、クレタはどうしてる? 元気でいるのか?」

「んあ? さぁ、よく知らねぇよ。さっきも言っただろうが。あのメスガキの面倒を見ているのは女ども。そんなに会いてぇなら、今度ここに連れて来るように言っておいてやる。俺にあのガキの事を聞いても無駄だ。俺からあのガキについて話すことはねぇ、じゃあな」




テマラはそう言い放つと、俺の呼びとめに一度も振り返ることなく去っていった。



「あのクソオヤジ……本当に俺に借金の契約書を書かせるためだけに来たのか、なんて奴だ!」





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