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空から来たクレタ★


 ダロッソの暗い森。鬱蒼とした魔獣の棲み処を突きすすむ。


 俺たちがワイバーンの落下現場にたどり着いた時。

 墜落したワイバーン二頭はこと切れているどころか、すでにその死骸は何者かに引き裂かれていた。

 朝露のごとく雑草に滴る真っ赤な血。ワイバーン達の羽根は不自然なほど外側に折れ曲がり、仰向けになった腹からは不揃いな骨がつき出している。

 すでに腹の中の内臓は食い荒らされているようだった。




「おぇ……」




 目の前の凄惨な光景に俺は思わず口を押えた。

 さっき食べたばかりのとり肉をぶちまけないようぐっと腹に力を入れる。

 あちこちに散らばる赤黒い肉片にも気がめいったけれど、何よりも周囲に漂う血のニオイにめまいがした。

 ふと隣に目とやると、革装備に身を包んだシールズと、バルトロスも同じように顔をゆがめて口を押えている。


 俺は視線を戻す。

 少し先、宮廷魔術騎士団達の足元に転がる二頭のワイバーン。

 まるで互いをいたわり合うように顔を向け合ったまま、大地にしなだれている。

 ワイバーンの周囲を物々しい格好で囲んでいる宮廷魔術騎士団の面々は、顔色一つ変えずに、何事かを話し合っている。

 ある人はひざまずき死骸を確認し、ある人は周囲を見まわしている。



 少し距離を置いて立ちすくんでいた俺たちのもとにデヴィンさんが歩み寄って来た。

 心配そうなまなざしで告げる。




「大丈夫か。もし気分が悪ければ、無理はするなよ」




 俺たちは無言でうなずいた。デヴィンさんは続ける。




「ワイバーン二頭。その少し奥に、獣人族らしき男の死骸がひとつ転がっていた……すでに首がもげている為、種族までは特定できないが……」



 その時、デヴィンさんの目が鋭く俺をとらえた。



「ウル君、君はワイバーンの背中に人影が見えたといったな。それは二頭ともに乗っていた?」

「は、はい……ハッキリとは見えませんでしたけど……」

「そうか、もし、キミの言う通り、もう一人誰かが乗っていたとしたら……そいつはすでにここからは逃げてしまったようだ」

「逃げた……?」

「ああ。ただ、あの高さから落ちて、さらにこの魔獣どもがうろつく森の中だ。よほどの猛者でもない限り無事でいるとも思えんが……しかし不思議なことに、調べる限りは、このあたりにもう一人いたという痕跡は全くない」



 デヴィンさんのその言葉に、俺の心は揺らいだ。




 思い返す。あの時。

 真っ逆さまにおちていくワイバーン二頭が森にのまれる瞬間、ワイバーンの背中にしがみつく人影が見えた気がした。確かに二人。それとも俺が見間違えたのだろうか。



 デヴィンさんは続けて苦い表情を見せる。




「まずいことに、少し離れた場所にいた首なしの獣人族の着ていたローブに……背中合わせの“双頭の龍”の紋章が刻まれていた」

「えっ……双頭の龍の紋章、というと、アスドラ帝国の国章?」

「そうだ。どうやらあのワイバーンの背に乗っていた人物たちはアスドラ帝国と何らかの関係があるのかもしれない」

「でも、ダロッソの暗い森の向こうはアスドラ帝国ではなく、砂の国ダールムールですよね?」

「そうだな……ま、詳しい事情はよく分からん。とにかく彼らが空から強引に国境越えを試みたのは確かなようだ。今から、死骸をすべて回収する。長居はできない、夜が来るとまずいのでね。可能ならば君たちも死骸の回収作業の補助に入ってくれ」

「は、はい」




 俺たちは言われるがまま、指示に従い死骸の回収作業に移った。












“不法に越境しようとする者は多数見てきた。しかし、アスドラ帝国の国章を身につけていた人物は初めて見る”



 死骸を回収し国境監視塔に戻る道中、デヴィンさんは武勇伝でも語るように、どこか楽し気な顔つきでそういっていた。

 



 俺は今日一日の出来事を思いかえしながら、監視塔の屋上で夜風にあたっていた。

 

 屋上の四方には燭台、その上でぼんやりとした青い光をともすのは、発光石とよばれる魔道具だ。

 その光が照らす範囲は狭くせいぜい屋上のみ。

 そこから先は、見渡す限りの闇。空と森の境界線を曖昧にしている。


 その時、梯子の方から声がする。

 俺が振り返るとバルトロスの顔がひょこりと現れた。バルトロスは俺と目が合うと、素早く梯子を登りきる。

 冷える風のせいか、肩をすぼめて俺のそばに歩み寄って来た。




「ウル。お前、どう思う?」




 毎度ながらバルトロスの話は唐突に始まる。

 まるで急に霧の中にでも放り込まれたような気分にさせられる。


 俺は隣に立ち並んだバルトロスに当たりをつけた返答をした。




挿絵(By みてみん)




「昼間に回収した、アスドラ帝国の首なし獣人族の事か?」

「いや、もう一人逃げた奴がいるって話だ」

「そっちか。でも、逃げたといってもあの高さから落ちたんだぜ、ただじゃすまねぇ。それに、すでに魔獣の腹の中って可能性の方が高いだろ」



 バルトロスは即座に首を振った。



「違うな。オレが思うに、魔獣の腹の中に入ったんだとしたら、少しくらいは現場に“食べ残し”があるはずだ。魔獣たちは貴金属や衣類は食わない。だからさ、痕跡が何も残っていないというのはむしろ生き残っている証拠だ」

「でも。そもそも俺の見間違えって可能性もあるかもしれないし……」

「そんなはずはない。単純に考えろ。ワイバーンは二頭いたんだ。片方に誰かが乗っていたのならば、もう片方にも誰かが乗っていたと考えるのが普通だ。オレはもっと森の中を捜索するべきだと思う。だってのに、デヴィンさん達は、もう片方の誰かはすでに死んだと決めつけて、早々に捜索を切り上げた。まったくもって気にいらない」




 そう言い終えて、バルトロスは、はっと口をつぐんだ。

 後ろを見渡す。そして、誰もいないのを確認してから、少し俺に顔を寄せた。

 さっきよりも声を抑えて話す。




「……なぁウル。デヴィンさん達は厄介ごとに顔を突っ込みたくないとでもいう風な態度だったと思わないか?」

「……まぁ、たしかに。それに、俺達見習いに軽々しく侵入者のことについて、話しちまってたしな。アスドラ帝国の関係者が不法入国したかもしれないだなんて……ふつうは機密情報だよな……」

「だろ? 宮廷魔術騎士団がこのザマだぜ。オレは拍子抜けした。オレ、養成院を卒業したら、宮廷魔術騎士団には入らずに、傭兵にでもなろうかな」

「傭兵ってことは、野良の紋章師ってことか?」

「ああ。正直、宮廷魔術騎士団がこんなにぬるい現場だとは思わなかった。実際、今だっておかしいだろ。どうして俺達見習いだけで屋上監視をさせられているんだ……侵入を試みられたばかりだというのに。あの人たち、今、何をしていると思う?」

「さぁ……、もう寝てる、とか?」

「それよりも、もっと最悪だ。一階で酒盛りしてるんだ。まるで緊張感がなさすぎる」



 

 バルトロスが尽きない不平をさらに言いかけた時。

 静まり返る闇の中、ふと、(うごめ)く影が見えた気がした。俺は思わず「しっ」とバルトロスの言葉を封じた。

 屋上のへりの向こう、見つめる虚空、そう遠くない距離。遠くないというよりも。




「近づいて、くる?」

「え?」




 影が小さく叫んだ。




「……きゃ、きゃっ! ちょ、っと! あ、 ダメ!」



 屋上の四隅に掲げられている発光石の青い光の照らす範囲に入った途端に浮かびあがるその姿。

 それは、小さな人影。

 そしてその人影が両手でぶら下がっているのは、とても小さな赤い幼竜の足。ワイバーンの子供だ。



 その人影は小さく叫びながら、オレとバルトロスの顔面めがけて突っ込んできた。


 俺たちは咄嗟に後ろに身をかわして飛びのいた。一回転してすぐさま立ち上がる。振り返ると屋上の中央、こちらをむいた尻。俺たちが言葉をなくして突っ立っていると、尻はくるりと振り返り、すっと立ち上がる。


 女の子だ。

 その足元に、よちよちとあるく小さなワイバーン。女の子は、引きつった顔をこちらに向ける。




「あ、ど、どうも、ごめんなさい、あ、ははは……」




 その時女の子の足元にいた小さなワイバーンがきゅんと鳴いた。女の子は視線を向けるとそのワイバーンを胸に抱きかかえつぶやく。




「あ、ごめんね。ミュウ。無理な事させて……」




 誰だ、なんだ。よくわからない。戸惑う俺より先に動いたのがバルトロス。




「おい……お前は、もしかして……今日の昼間、ワイバーンに乗っていた片割れか?」




 女の子は、ビクリと体を震わせた。

 胸もとのミュウと呼ばれたワイバーンをさらに強く抱いた。そして、話した。




「どうかお願い……誰にも、誰にも言わないで。どうか……わたしを見逃してほしいの。もしも捕まったら、わたし、殺されちゃうの……だから、どうか……お願いよ」




 バルトロスは俺に助けを求めるように、目くばせをしてきた。

 俺は女の子にゆっくりと話しかける。




「お前は一体誰なんだ?」




 女の子は今にも消え入りそうな声でこういった。




「わたしは……クレタ……アスドラ帝国から来たクレタよ……どうか、どうか、たすけて……」






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