秘密結社 ミルニール誕生ってか(第9章 最終話)
その日の放課後。
俺とシールズが“ルーム”で今日の授業の復習をしていると、ノックの音が響いた。
机から顔を上げ、入るように声をかけると、扉からリリカに連れられ、スンリも姿を現した。
俺とシールズは顔を見合わせて立ち上がると、二人を部屋の中央にあるソファに案内する。
小さな木製のテーブルを囲み四人で座る。
スンリは部屋に入った直後から、妙にそわそわしていて、とても居心地が悪そうだ。
スンリの隣に静かに腰かけるリリカ。スンリのその気まずそうな姿を横目に口を開く。
「……さ、スンリ。早速だけど、今回の件の事は2人しか知らない。話しても大丈夫よ」
「う……うん。まず最初に、きちんと謝らせて……ウル、シールズ……ごめんなさい」
スンリは今にも泣きだしそうな顔で深々と頭を下げた。
俺がシールズにちらりと目をやると、シールズも困ったようにこちらに視線を向けた。
シールズはまばたきひとつして、口を開く。
「僕たちは大丈夫だよ。でもリリカは試験の点数がゼロになっちゃったからね、そっちのほうが心配さ」
「そ……そうよね。リリカ、本当にごめんなさい……」
縮こまるスンリをかばうようにして、リリカがシールズを睨んだ。
「もう、シールズったら。その話はいいの。今日はスンリの話を聞いてあげて」
リリカはそういうとスンリに「さ、はなして」とささやくように告げた。
スンリはぎこちなくうなずくと、制服の胸ポケットから小さな紙切れを取り出して目の前のテーブルに広げる。
俺とシールズは、よくわからないままにその紙切れを覗き込む。
何の変哲もない、四角く切り取られた羊皮紙。
雑な折り目がついているが、特に何が書かれているというわけでもなさそうだ。俺は視線をはがしてスンリにたずねる。
「……白紙だけど、これがどうかしたのか?」
「うん、ここにね。命令が書かれていたの」
「命令?」
「うん。リリカの教科書をリリカの机に忍ばせるようにって命令が書かれていた……リリカの教科書と一緒に……それも試験前日の夜に、私の部屋のベッドに置いてあったの」
「だれかがスンリの部屋に忍び込んで、これを置いていったってこと……?」
「うん。それに……この命令に従わなければ、お前の秘密をばらし退学させるとも書かれていたの。でも、おかしなことに、その文字は私が読んだ途端に消えちゃってただの紙切れになっちゃって。それで……だれにも相談できなくて……わたし怖くて……」
スンリは俺の方を見ず、視線を床に沈めたままぼそぼそと話す。
スンリの隣にいるリリカとふと視線が交わる。
リリカは口を閉じたまま、神妙な顔つきでうなずいた。
(どうにも、都合のいい話に聞こえる。責任を逃れる為の、スンリの嘘という可能性も捨てきれない気もするが……)
俺がソファにもたれこむと、そのかわりに、シールズが前かがみになる。
そして、スンリに問いただす。
「でもさ、その紙切れだけじゃ、ウロボロスとつながっているかどうか、わからないじゃん」
「……わたしね、ぼんやりとしか覚えてないんだけど、その命令の下に模様が描かれてあったの。自分の尾をかむ蛇の絵だった。ちょうどわっかみたいになってた。その蛇は頭に王冠みたいなのをかぶっていた気がする」
「王冠をかぶった、尾をかむ蛇? なにそれ」
その時、俺の頭によぎる絵柄。
たしか起源は太古の遺物。
死と再生、不老不死などを意味するとされている尾をかむ蛇だ。
その他にもいろいろな解釈がなされている象徴的な架空の蛇。
「……尾を食む大蛇、ウロボロス……か」
俺のそのつぶやきに反応したのはリリカだった。
「そう。その絵柄からイメージするのはウロボロスなの」
「なるほどね。その絵柄が、貴族組の生徒達で組まれているという組織の通称、ウロボロスと一致するってわけか」
「ええ。確証はないけどね」
「で? どうしてそのウロボロスの連中がスンリに命じて、リリカをおとしいれる必要があるんだ?」
「これは私の考えだけど、なにかこう……身分差別っていうか、ゆがんだ、貴族至上主義者のあつまりみたいな組織なんじゃないかしら。ファイリアスみたいな人たちっていうか……平民がこの国のエリート候補である紋章師に混ざることが許せない、って人たちが一定数いるのよ」
「う~ん……目立っていた平民のリリカが目障りだったから陥れたってところなのかな……」
貴族至上主義か。貴族が社会の中心であるべきという考え方。
俺はかつての自分に思いをはせる。
俺の出自である大貴族べリントン家はこのエインズ王国の七大貴族の筆頭だ。
俺の父親、アルグレイ・べリントンは常日頃から、貴族が平民を導かなくてはいけないという言葉を口にしてはいた。ただ、それは貴族が中心、という意味ではなくどちらかといえば貴族は領民を下から支えるもの、いわば領主としての心構えだったと記憶している。
その反面、俺のように大貴族の男子として、ある種の“条件を満たせない者”に対する仕打ちはそれはそれは、ひどいものだったりもするが。
ぼんやりと考え込んでいた俺にリリカが不安げにつぶやいた。
「だからね……わたし、ウルの事が少し心配なのよ」
「え? どういう意味だよ?」
「この紋章師養成院では貴族も平民も身分の差は関係なく対等に過ごすことができるっていう大原則があるでしょ?」
「ああ、そうだな」
「でも、なんとなくだけどさ、普段の身なりや持ち物、噂なんかで誰が貴族かっていうのは暗黙のうちにわかっちゃうでしょ?」
俺はうなずく。
「たしかにな。ファイリアスなんて、自分で大貴族マヌル家の一員だって名乗ってるし」
「ええ。でね、第一回目の試験で成績の上位者10名にはこの特別室“ルーム”が報酬として与えられたでしょ。その10名のうち、ウル以外の人たちはみな貴族組だとおもう。ファイリアスがハッキリとそう言っていたから間違いではないはず。だからね……ウロボロスの次のターゲットは……ウル。あなたかもしれないのよ。わたしはそれが心配なの」
「……え!? 今度は俺がカンニングの犯人にされんの!?」
「別にカンニングに限った話じゃないけれど……でも、目をつけられた可能性は高い気がするの。だって、もともとこの特別室の“ルーム”は貴族組が独占して使っているような場所なのよ。平民の生徒が入ること自体がとても珍しいと聞いたし」
「そうなのか……」
目をつけていたリリカを成績上位者から排除したはいいものの、予想外の俺が入り込んじまったってわけか。
(ふん、なんだかいい気味だな)
どこか重苦しい空気が俺たちの頭の上から流れ込んでくる。
かと思った瞬間、それをはねのけるように、シールズが中央のテーブルを大きな拳でどすんと叩いた。
驚いたリリカとスンリが「きゃ」と悲鳴を上げて飛び跳ねた。俺の尻も浮きあがる。
「び、びっくりさせるなよ! ど、どうしたんだよ。シールズ」
「ウル……もうこうなったら、全面戦争だっ!」
「……は?」
「そうだ! こうしよう。まずは、僕たちも平民組として組織を作るんだ!」
シールズの色めいた声が静まり返った室内にこだました。
シールズ二重人格説。俺の中で芽吹いていた仮説が現実味を帯びはじめる。
こいつは巨碧人族と人間族の混血種だ。今までに一度だけ、オルクス族の真の姿に変質するところを見た事があるが、まるで青い鬼。あの姿がシールズの本質。
(シールズの体の奥底には、凶暴な戦士の血が流れている。それに、普段おとなしい奴って怒らせると怖いっていうし)
シールズはまるで水を得た魚のごとく、流ちょうな早口でしゃべりだした。
「リーダーはもちろんウルだ。平民組唯一の“ルーム”保持者なんだから。ウルにはこれからもこの部屋を死守してもらう。そのために、絶対に成績の上位に食いこんでもらわなきゃ駄目だッ! いや、もっともっと、上を目指してもらわないとだめだっ! 一位だっ! ウルは今回の試験で6位だったろ。上にいるのは5人……そいつらを全員追い抜かすんだっ!」
「お、おい、勝手にそんなこと……」
「そうだ! まずは僕たちの組織名を決めよう。カッコいい名前がいいなっ」
「ちょ、まてよ……」
「ねぇ、リリカや、スンリは、僕たちの組織の名前で、よさそうなものないかな?」
シールズの暴走が止まらない。俺はため息をついて、頭を抱え込む。ついに、シールズは喜々として立ち上がった。まだまだ終わりそうにない演説を続ける。
「ウル、貴族組なんて打ち負かしちゃおうよ! 僕たちならきっとできるさ! ね!」
「おいシールズ……あのさぁ、その謎の自信はいったいどこから来るんだよ。それによ、そもそもウロボロスなんて組織があるかどうかも、まだわからないんだぞ」
俺は冷ややかな眼差しでシールズを睨み上げる。
その時、スンリがシールズに向かって話しかけた。
「……ねぇシールズ。わたしね、手紙に書かれたあの絵柄を見た時に、ウロボロスともう一つ、思い当たる怪物があったの。ウロボロスによく似た蛇。大きくて邪悪な毒蛇ヨルムンガンドよ……もしも平民組の組織に名前を付けるんだったら、そのヨルムンガンドを打ち破る武器の名前がいいんじゃないかな……」
スンリは、ひどくまじめな顔でシールズを見上げている。その表情はどこか憂いを感じる。
(ノリなのか、マジなのか読めない……もしかして、スンリって……不思議ちゃんなのか)
シールズは我が意を得たとばかりにその話に乗っかると「で? で? その武器の名前って?」と嬉しそうに叫んだ。スンリは恥ずかしそうに俺たちを見回して、小さくつぶやいた。
「その武器の名前は……ミルニール。短い柄の光り輝く鎚の事よ」
シールズは、むんずと腕を組んで遠くを見つめる。
「……ひ、光の金槌、ミルニール……いいっ! いいよっ! 最高だ! 僕、いまゾクっとしちゃった! この気持ちの高ぶりは本物だ! よし、これから僕たちはウロボロスの対抗組織、秘密結社“ミルニール”だっ!」
スンリはそんなシールズを見上げてなぜか拍手をし始める。
一人で感情を爆発させるシールズと手を打ち鳴らすスンリ。
そんな二人を横目で見ながら、俺とリリカは引きつった笑顔をつくるしかなかった。