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とり肉のトマト煮



 リッカード先生の授業が終わってからの、昼食の時間。



 がやがやと騒がしい大食堂内は行きかう生徒達であふれかえっている。

 隣のテーブル席についているシールズはさっきから頭を抱え込み、ぶつぶつとつぶやいている。

 珍しく目の前のトレーに乗った食事にまったく手をつけていない。




「おい、シールズ、早く食べないとさめちまうぞ。今日はお前の大好物、鶏肉のトマト煮だろ」

「……リルド・ウルム・アストラ・ダイス・カリシュラ、あれ、えっと、カガスラ、ス、シュ?」

「大丈夫か?」



 シールズはがばりと顔をあげ悲壮な声で叫んだ。



「あぁあ!!!……ウル! 僕、頭がイタイよ! 魔術を唱える時の“ノリト”(呪文の意)って何であんなに長くて複雑なの!? まったく覚えられる自信がない! どうして“二連”って言うだけの付与魔術の“ノリト”がこんなに長いのさ!! これは僕みたいに覚えが悪い奴に対する、嫌がらせだ!」

「お、おう……ま、まぁ落ち着けよ」



 シールズは恨めしい声を上げ、ため息をついた。

 そんなシールズには悪いが、元大貴族の生まれである俺にとって、ああいった魔術の授業は実は真新しいものでもない。なにせ、専属の家庭教師から手ほどきを受けていたことがあるのだから。シールズの言う通り、古代語による“ノリト“はとにかく複雑怪奇でながったらしいのが特徴だ。

 俺の薄い反応に気がついたのか、シールズは目を細める。こちらをいぶかし気に眺めてきた。




「なんだよ、ウル。クールに決めちゃってさ。そっか、ウルは頭いいもんね、僕みたいなやつの悩みなんてわからないんだよね」

「い、いや別にそういうわけじゃねぇけど。でもさ、どうして付与魔術を最初に教えるんだろうな。重要なのは何の魔術を扱えるかだってのに」

「さぁ、そんな事僕に聞かれてもわかんないよ」




 シールズはようやく頭から手を放し、スプーンをつかんだ。俺は続ける。




「俺の扱える魔術は“呪いの魔術”だぜ? 呪いの魔術で“二連”の付与魔術なんて習ったところで、使いどころが思い浮かばねぇんだけどな」

「まぁ、確かにね……いわれてみれば僕の扱える魔術も“盾の魔術”だし。“二連”と聞いてパッと思いつく感じだと……魔法の盾を二枚作るみたいな感じになるのかなぁ……? なんだかよくわからないや」

「俺より断然マシじゃんか。魔法の盾とか、すんげぇかっこよくねぇか?」

「え? そ、そうかな。そんなこと言われると。なんだか照れちゃうなぁ」




 シールズは、まんざらでもなさそうに頬をくいっと持ち上げた。

 その時、目の前からリリカの張りのある声。




「ごきげんよう、おふたりさん」



 リリカはいつものセリフを投げよこすと、食事のトレーをテーブルに置きするりと席に着いた。その仕草。

 どことなく、前のリリカが戻ってきたような、そんな感じ。

 あのカンニング騒動の時は、別人のようにふさぎ込んでいたけれど、一応の決着がついてすこし吹っ切れたように見える。

 リリカは俺たち二人を交互に眺めて噴き出した。



「なによ、同じような顔ならべて。最近、ふたりってさ、行動が似てきたよね」



 俺とシールズは同時に「はぁ?」と互いの顔を見合わせた。

 それを見ていたリリカが、口をおさえて笑った。



「うふふ、ほらまた、双子みたいに、おんなじことしてるじゃないの」



 シールズは不貞腐れたように、かたをすくめるとトマト煮をスプーンですくい上げ、口に頬張る。リリカがシールズに顔を向けて聞いた。



「シールズ。今日はあなたが楽しみにしていた、初めての魔術の授業だったけど、どうだったのよ」

「んぐっ……、そんなの聞かなくたってわかるだろ。古代語に四苦八苦さ。とてもじゃないけど覚えきれない。せっかくめんどうな歴史だとかなんだとかの暗記授業が終わったと思ったら、また暗記じゃないか」

「あったりまえでしょ。紋章師が唱える“ノリト”は全部が難解な古代語で出来ているのよ。一に暗記、二に暗記、三四も暗記、五も暗記よ。今までよりもさらにむつかしくなるんだから」

「ちぇ、せっかく徹夜の試験勉強から解放されると思ったのに……」

「あまいわね。試験前は、また三人で夜の勉強会よ!」

「ええぇ! もう勘弁してよ!」




 その後、リリカと魔術に関してあれやこれやとはなしているうちにあっという間に食事の時間は過ぎていく。からっぽになった皿を重ね、俺たちがトレーをつかんで立ち上がろうとした時、リリカがふと引き留めてきた。



「ね、今日の放課後、時間作れないかな。ウロボロスっていう貴族組の怪しげな生徒組織について話したいの」



 急な話題のかじ取り。突然シールズが熱気のこもった声を上げた。



「え、ウロボロスについて、なにかわかったのかい?」

「ううん、そうじゃないけれど。スンリがね、話したいことがあるって」

「スンリだって? きみをカンニングの犯人にした張本人だよ? 信用できるの?」

「スンリだって……脅されてやったんだから被害者だわ」

「……ん、脅されたってなに?」




 リリカは不意に顔を前に出し、まゆを小さく寄せた。



「しっ……ここじゃ誰が聞いているかわからないわ」




 俺は周囲をふと見渡す。制服姿の生徒達であふれる大食堂はまるでお祭りのように騒々しく、俺たちの話し声さえかき消してしまうほどだ。誰かが俺たちの話を盗み聞きしているとも思えないけれど。俺はリリカに視線を戻すと提案した。



「じゃ、放課後。俺の“ルーム”に集合しよう」






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