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付与魔術学のリッカード先生


 第一回目の試験では、10に枝分かれした各分野の基本的な知識の習得だった。



 そして、その後からは生徒みんなが待ちかねていた魔術の勉強が入り込んでくる。

 俺達、紋章師が魔術を使うときに唱える呪文は“祝いのことば”を意味する祝詞(のりと)と呼ばれている。

 これはどんな種類の魔術にも“当て読み”として使われている。


 つまり、俺が扱うのは呪いの魔術。その呪文は呪詞(のりと)と表記され、シールズが扱う盾の魔術の呪文は盾詞(のりと)と表記される。

 表記は違うが、読み方は同じ“のりと”で統一されているというわけだ。



 生徒達の頭がならんだ静かな教室。

 か細いわりに不思議に響き渡る声の主は、付与魔術学のリッカード先生。

 数えきれないほどに刻まれた顔のしわは、まるで何かの暗号のようだ。

 話によるとリッカード先生はポープ院長先生の2倍くらいの年齢だそうだけれど。



 リッカード先生は、柔らかそうな口を動かして、ぼそぼそとしゃべる。

 土鬼(ノーム)族特有の、鷲のくちばしみたいな下向きの厳めしい鼻、あごに蓄えられた立派な白ひげは威厳を感じさせる。

 けれど、その体は生徒たちの誰よりも小さい。青いローブに身を包み、腰には野太い革ベルト。

 どこかかわいらしい、いで立ちで、リッカード先生は壇上の机のうえに立ち、銀の指し棒を振り回しながら、授業を行っている。




「さて、皆はそれぞれ違う紋章を授かっている。中には同じ紋章を授かっている者もいるじゃろう。どれどれ、このクラスの中に火の紋章師はどれくらいいるかの、手を上げてごらんなさい」



 俺は、一番後ろの席。

 その視界からは教室中が見渡せる。誰が手を上げたかすぐにわかる。7、8本くらいの腕が勢いよくピンと伸びた。



(このクラスは33人、その中の7、8人となるとかなりの割合だな)



 リッカード先生はどこか満足げにうなずいて、次に、水の紋章師、風の紋章師などいくつかの紋章師を口に出し、生徒たちの挙手をうながす。

 聞くたびに、上がる手の数は徐々に減っていった。

 どんどん稀少性が増していくという事なのだろう。呪いの紋章師はついに最後まで呼ばれなかった。手を挙げる機会をみいだせなかった俺のことなど気にする素振りもなく、リッカード先生は続ける。




「……さて、様々な魔術はあれど、ワシの授業は“付与魔術“じゃ。だれか。この意味がわかるかの?」



 リッカード先生はまたしても生徒の挙手を期待するように、顔をぐるりと動かして、教室中を見回した。

 しかし今度は誰も手をあげそうにない。

 それを悟ったのか、リッカード先生はある生徒の名を呼んで聞いた。



「では、一番前に座っている、水の紋章師ミルカラ。付与魔術とは何か、述べてみよ」

「……はい。ええっと」



 当てられたミルカラは、口ごもりつつ立ち上がった。まっすぐ下に落ちる青い髪がさらりと揺れる。ひそかに男子生徒達から人気のある透明感のある少女。




「付与魔術とはつまり……自分が使う魔術の効果を高めるような支援的な魔術の事です」

「その通り……そうじゃのう……もう少し具体的にいうならば……例えば火の魔術の基本に火球(ファイアボール)という攻撃魔術がある。この火球を唱える際に、付与魔術である“二連”を付け加えることで、2回連続攻撃を繰り出すことが可能となるのじゃ。いいか、こういった付与魔術を数多く使いこなすことで、魔術戦闘の幅はぐんと上がるはずじゃ。みなきちんと習得するようにな」




 リッカード先生は小さくうなずいてミルカラに目をやる。ミルカラはどこかほっとしたような背中で席に着いた。その時、教室の隅から質問が飛ぶ。




「先生。二連があるんならば、三連、四連。さらに“無限連”っていう付与魔術もあるっていうのは本当なんですか?」



 聞き飽きたこの声はファイリアス。

 その尊大さは声の響きからも伝わる。

 リッカード先生は許可のない質問をけん制するように、軽く咳ばらいをした。



「詳しいのう、ファイリアス。確かに、術者が魔力切れを起こすまで火球を打ち続ける“無限連”なんていう付与魔術はあるにはある。しかしこれは諸刃の剣。おいそれと使うものではないし、その危険性から今は禁術に指定されているのじゃ」

「……禁術ばかりが記された、禁断の魔術書があるという噂を聞いた事があるんですが、それは本当なんですか?」

「ファイリアス。授業には関係のない話じゃ、聞きたいことがあるのならばあとで個別に来なさい」



 リッカード先生のたしなめにあらがうように、ファイリアスは食い下がる。



「先生。俺はみんなが聞きたがっていることを聞いているんです。だって、紋章師になるんならば、誰だって最強の紋章師になりたいはずです。強くなれるはずの魔術を、危ないから、なんて馬鹿な理由で禁止するのは俺は間違っていると思うんです」




 リッカード先生の温和だった眼差しに、冷ややかな空気が宿りはじめる。




「ファイリアス。危ないから、というのは、何も術者だけが危険に陥るという事ではない。お前たちは戦争の経験がないから仕方がないが、戦争になれば自分の判断ひとつで仲間たち全員が死に至ることもあるんじゃよ。禁術に指定されている魔術というものは、戦術的に見ても無意味で無価値だという判断を下された魔術でもあるという事なのじゃ」



お前たちは戦争の経験がない、というリッカード先生のその言葉。


(という事は、リッカード先生は戦争というものを経験したことがあるという事なのか)




 俺達が生まれるよりもはるか昔、俺達にとっては歴史上の出来事でしかない“アスドラ帝国との戦争”にリッカード先生は紋章師として参加していたのかもしれない。


 ファイリアスはリッカード先生の威圧にたじろいだのか、黙り込んだ。


 すると、リッカード先生は何事もなかったように表情を変えて、授業に入った。




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