正義の騎士
玄関ホール入り口に逆光の大きなシルエット。
ワルド先生は腕組みをしながら、いつもとは違う険しい目つきで俺達をじろりと睨みつけた。
「ここは“ルーム”のある寄宿舎だぞ。お前たち新入生の部屋はまだ無い」
ワルド先生はそいうと、つかつかと靴音を響かせてシールズに歩み寄り前に回りこんだ。
肥大化したシールズの青い身体よりも、さらに大きいワルド先生。
ゆっくりとシールズの肩に手を置いて、目をじっと見つめた。耳元で小さく諭す。
「シールズ。混血種にとって感情のコントロールは非常に重要だ。ゆっくりと息を吸い込むんだ。そして、不快な感情を息にまぜこんで、ゆっくりと吐き出していけ」
「グ……ゥ……ハ、ハイ……」
先生の言葉にならい、シールズの盛り上がった肩が上下する。
次第にその肩は空気が抜けていくようにしぼんでいく。
小さな角が生えていた額もすぐに元通りになった。
落ち着きを取り戻したシールズに安心したのか、ワルド先生は険しい表情をころりとかえて、いつも通りのにんまりとした笑顔を見せた。
そして俺の方に顔を向け、すっと手を差し伸べる。
俺が先生の手に自分の手をのせると、先生はぐっと俺を引っ張り上げて立たせてくれた。
「ウル、何の勝負かは知らんがもういいだろう。それと……」
ワルド先生は後ろを振り返ってファイリアスたちにも忠告する。
「お前たちも、もう行きなさい。ここに立ち入ることができるのは“ルーム”の鍵を渡してからだ。鍵を渡すのは、試験休みが明けてからの話だぞ」
ファイリアスたちは、お互いの顔を気まずそうに見合わせると、不服そうな歩き方で、ぞろぞろと俺たちの横を抜けていった。
俺とシールズは、ファイリアス一味を見送ると、その足でワルド先生と中庭のベンチに向かった。
中庭のベンチ。隣に座るワルド先生に俺は打ち明ける。
「先生、回廊掲示板にあったリリカに対する懲罰の事なんですが……リリカが試験中に不正をしたっていうのは本当なんですか? 俺は信じられなくって」
「……ふぅ、その話か。先生も、そう聞いている」
「でも、おかしいじゃないですか? リリカは不正なんてしなくたって、試験ではいい成績をとれるはずなのに、不正なんてする理由がないんです」
「そうは言ってもな。当日の試験官が不正行為があったと判断したのだし、最終的には彼女がそれを認めたんだよ」
「え!? そんな馬鹿な……」
その時、俺の後ろに座っていたシールズが心配そうにたずねる。
「ワルド先生、リリカはどうなっちゃうんですか? ここから追放されちゃう、なんてことにはならないですよね?」
ワルド先生は渋い顔で口をゆがめる。
「追放まではいかない。今回はリリカが素直に罪を認めたし、試験官の心証も悪くはない。だから、不正行為があった科目だけの懲罰のみで、ほかの科目には影響はない」
俺とシールズはぱっと目を見合わせて、ほっと肩をなでおろした。不正があったとされる科目だけが未得点ということか。
俺はふと、手元の成績証明書に目を落とす。
この分厚い冊子の中にならぶ得点は、後々の俺たちの進路に影響してくるはずだ。
今回の試験で、全科目が零点なんてことになると、リリカのこの先の道が閉ざされてしまいかねない。
けれど、一科目だけのペナルティならばきっと大丈夫。
リリカの成績なら、さほど大きな足かせにはならないはず。
その時、ワルド先生の視線を感じて俺は顔を上げた。ワルド先生は、口元にうっすらと笑みを浮かべて俺とシールズを深いまなざしで交互に眺めた。なんだか何かに納得したように数回うなずいた。
「……なるほど、そうか。さっきのファイリアスたちとのやり取りは、リリカの為か……ウル、シールズ、お前たちなかなかやるじゃないか。女の子の為の騎士になるだなんてな」
俺は手を振りかぶると、シールズに話す。
「え、い、いや別にそんな大層な話じゃ……な、なぁシールズ」
「まぁ、はっきりいって僕は巻き込まれただけだけどね。最初からとめたんだから」
「な、なんだよ! 俺が悪いっていうのかよ」
「そうだよ。あの時、僕とウルが一緒にリリカを止めていれば、こんなバカな勝負はしなかったはずさ」
「お前なぁ、いまさら、そんな言い方ってないだろ」
ワルド先生が割って入る。
「まぁまぁ、もう済んだ話だろう。いいじゃないか。とにかくだ、リリカを慰めてやってくれよ。正義の騎士のお二人さん」
ワルド先生はそういうと腰を上げた。
「じゃ、先生はもう行くから。お前たちも、今手に持っている成績証明書はなくすんじゃないぞ。じゃあな」
俺たちは大きな肩を揺らして去っていくワルド先生の背中を見送った。