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槍の紋章師、ランカ




さて、ここから再び、主人公、ウルへと視点はうつります……。







 今日のルルコット城は、薄気味が悪いほどに、警備が手薄だ。

 なんだか誘い込まれてでもいるかのような気分になっちまうほど。

 俺とキャンディは、城門前に列を成す商人団の一行に紛れて城門を軽々とすり抜けると、一気に夜空に飛んだ。

 舞い降りた屋根の上から、騒がしい歓声が流れてくる城内を一望する。

 


「……はぁ。いくらお祭りだといっても限度がある。もしかして、ルルコット家には結界の紋章師が一人も仕えていないのか、防御結界すら張られていない……平和ボケ、ここに極まれりだな」


 


 胸ポケットのキャンディが顔を出して慌てたようにつぶやく。



「ランカと偽物のリゼはどこにいるのかしら、はやくしないと、大変なことになっちゃうよ!」

「わかってるさ。そう焦らすなぃ。今回の呪いの成就に一番必要なのは、偽物のリゼ。まず向かうべきは幽閉塔……あそこだ」



 城内、いやでも目に入るのはひときわ天に突き出た青白く丸い塔。

 俺は不気味にそびえる幽閉塔を目指した。






 石造りの幽閉塔。

 最上階の踊り場にいたのは、壁際に横たわる兵士の死骸だけ。

 そいつは、壁際で眠るように座っている。

 しかし、床に残る血痕。明らかに誰かによって引きずられたような血の跡が床に点々と染みを残している。

 俺は死骸の隣にしゃがみこんでゆっくりと頭をもたげる。


 そいつの顔は、ひきつり、目を大きく見開いたまま死んでいた。

 両の頬に、斜めに血の線が描かれている。

 視線を下に落とすと、喉に致命傷。




「喉を一突き……これがランカの実力か」

「あの真面目そうで、やさしそうな人がこんなことを……?」

「キャンディ、いいか。あいつは優しいんじゃない。アイツのもつ雰囲気。あれはな、強さに裏ずけられた”余裕”だ。おそらくランカは”槍の紋章師”だ」

「……紋章師って事は魔術師ってこと?」

「そうだ、武器の魔術を扱う、戦士系の紋章師だ。一対一になれば、そこらの一兵卒(いっぺいそつ)じゃまるで相手にならない」




 俺は立ち上がると、近くの窓から身を乗り出して、一気に下に飛び降りた。

 ランカは、すでに偽物のリゼを連れ出した。

 という事は、向かうは一同が会する、催事場。

 パーティ会場だ。俺は着地と同時に、転がるように目的地を目指した。








 どうも妙だ。

 どこからか騒がしい歓声が響いてくる城内の長い石壁の廊下。

 なぜかひとりも兵士たちの姿が見えない。

 廊下の少し先には、ランカと女の背中。

 ランカは偽物のリゼの肩にそっと手をのせて、まるで守るように歩いていた。

 俺は二人の背中に声をかけた。



「ようランカ、奇遇だな。こんなところで会うなんて」




 ランカと女は、肩をすくませて立ち止まった。そして、ほとんど同時に振り向いた。

 その時の、ふたりの反応は面白いほどに正反対だった。

 女は満面の笑み、隣のランカは怒りに満ちた、鋭く光る眼光をこちらにジロリと向けた。

 敵意の一瞥。

 ランカは今、俺を”敵”と認識した。



 にらみ合う俺とランカの事など全く意に介さないように、女が声を上げた。




「ウルさん! 来てくれたのですね。ランカが呼んでくれたのね、ありがとう!」



 胸元のキャンディが呆れたようにつぶやいた。




「あの人、何もわかっていないのね……自分が今から生贄にされそうだっていうのに……」

「だろうな。あの女はランカを信用しきっている。ただ、分からんでもない。ランカはそれだけ人心掌握に長けているってことさ。俺だって、最初はランカの事をあやうく信用しちまうところだったんだから」

「……なんだか、悲しいね。アタシ達裏切られたってこと?」

「こんな時にセンチメンタルになってる場合かよ。そもそも、裏切り、なんて言葉は自分勝手な言葉さ」




 キャンディは縮こまり、ちいさく話す。




「……で、でも……」

「キャンディ。ランカは周囲の人間を利用することしか考えていない。アイツは偽物のリゼやミカエル、そして、俺達ですら自分の計画を遂行するための駒としか思っていなかったんだよ」

「でもね、ウル。それでも言わせてほしい。アタシ、どうしてもあの人が……悪い人には思えないの」

「悪事ってのは、なにも悪人がやるとは限らねぇんだよ。アイツは自分の愛する人のために、この虐殺を実行するんだ。アイツにとってはそれが正義なんだろう」




 俺は口を閉じて、ランカの行動をじっとうかがう。

 ランカはおもむろに、女の肩を両手で抱きそっと廊下のはしへよせる。

 そして、背中から銀色に輝く槍をとりだした。

 それを見ていた女は両手で口を押えて、小さく悲鳴を上た。


 ランカは女を横目にゆっくりと両方の手で槍を握り、その切っ先をこちらに向けた。

 顎を少し引いて、俺に焦点を定めた。おそろしいほどの威圧感。

 これが臨戦態勢に入った戦士のオーラ。

 ランカの声は、不思議なほど冷静だった。




「……どうかそっとしておいてくれませんか?」

「大量虐殺を見逃せ、と?」

「もはや、あなたには関係のない事です」

「そうはいかないね。俺はそこにいるリゼに依頼を受けた。前金ももらっちまったからな。依頼を失敗すると報酬がパーだ」

「……この女はリゼではない。今、この場所にいるということは、もうわかっているはずだ」




 その時、ランカの目が光った。

 稲妻の閃光。ランカは一瞬で距離をつめ、槍の一突きを繰り出した。


 俺は喉元に直線で向かってきた槍をぬるりとかわす。

 俺が今装備している、呪具『血塗りの革靴』の効果は機敏、回避の上昇。


 ランカは、目を見開き束の間、驚いたような表情を見せた。

 が、空振った槍をそのままぐいっと横一文になぎ払う。

 俺は、腰を落としてなぎ払いをかわす。髪に刃が触れた感覚。

 それでも、ランカは軌道を止めず、頭の上でグルリと槍を持ち換えると雨のような連撃を繰り出した。


 俺は煌めく槍の突きをすれすれでかわしていく。じりじりと後ろに下がっていく。

 不意に、ランカが一呼吸置いた。沈黙の余韻。



(……まずい! 何か来る)



 俺が身を固めた瞬間、ランカは槍を上段に大きく構え、口元で小さく唱えた。



蜻蛉切(トンボぎり)



 瞬間、湧き上がる熱波とともに、青白く輝く槍がランカの手の中に浮かび上がる。その青い槍は俺の頭を空気とともに切り裂く。

 俺は鼻先スレスレで槍の魔術の攻撃を避けると、そのまま地を蹴り、大きく後方に一回転し着地した。

 見ると、ランカの足元の床が大きく削られていた。

 ランカは床に突き立った青く輝く光の槍をくっと持ち上げながら、不敵に笑った。



「なかなか……やりますね、さっきから魔術を使っているようには見えませぬが……さすがは紋章師、喉を一突き、というわけにもいかないようです」

「魔光器(戦士系の紋章師があつかう魔術の武器)か……どうやら俺を本気で殺しにかかるらしい。だが、こんな狭い廊下でそんな長いもんをぶんぶん振り回すなぃ。随分とやりにくいだろうに。ここじゃ本領発揮というわけにもいかないか?」

「ふっ……」


 

 俺たちは、互いに間合いを測る。

 その時、キャンディの声が胸元で聞こえる。




「ちょっと……なにしてんの。防戦一方じゃないの。呪いの武器でも何でもつかえばいいじゃないっ」

「あのな、俺の能力にはちょいと制限があってだな。呪具の装備はひとつまでだ。ふたつ以上装備すると呪いの反作用をもろにうける、俺の体がもたんのよ虚弱体質なもんでねぇ」

「えぇ?……何個もそうびできれば最強のおっさんになれるものだと思ったのに」



 俺は後ずさりながら、キャンディに告げる。



「そう、うまくはいかないさ。今装備しているのは暗殺者ロアの『血塗りの革靴』。回避や尾行には特化しているが、攻撃には不向き」

「でも……避けてるだけじゃ勝てないでしょ」

「なにも、勝つ必要はないさ……俺の狙いは……」




 ランカが目をカッと見開き槍を風車のように振り回しながら突進してきた。ランカの手元を中心に大輪の槍の花が開く。

 俺はひとつ息を吸い込む。

 すっと腰を降ろし床を蹴り斜め右に走る、そのまま一気に壁を駆けのぼった。

 ランカの回転する槍が視界の端にうつる。

 俺は壁を斜めに走りぬき、ぐるりと天井までまわりこむ。

 天井と床、ちょうどランカと交差し、通り過ぎると、一気に女の元にたどり着いた。

 俺はすかさず女の後ろに回り込み。

 呪いの魔術にある、睡眠術のひとつを唱えた。



「悪夢渦」



 途端に、女は足元から崩れ落ちた。

 俺は女を抱えてその場にゆっくりと座らせる。

 これで、女は長い眠りについたはずだ。




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