報酬★
回廊掲示板を見上げていた俺たちの視界をふさぐようにずいっと横はいりしてきたのは、波のかかった赤毛。
ファイリアスはワザとらしい仕草でくるりと振り返ると、得意げな笑みを浮かべて、つんとあごを突き出す。
「よう。平民組」
くだらなすぎて、言葉が出ない俺は乾いた笑いで返す。ファイリアスは勝ち誇ったような表情で成績証明書を俺の目の前にかざした。
「どうだ。土下座する準備はできたのか?」
「まだ、勝負は決まったわけじゃない」
俺が憮然と答えるとファイリアスは、鼻で笑う。
「そうだな。ウル、お前、なかなかやるじゃないか。あそこに名前が貼りだされている新入生の上位10名。お前以外は、全員貴族組だ。ちょっと予定が狂っちまったぜ」
「予定? ああそうか、本当ならば、リリカがあそこに入っていたはずだからな」
「けっ、カンニングする奴の事なんか、どうでもいいんだよ」
「リリカは……カンニングなんかしちゃいない」
俺の中で、ぐらりと心が波打った。俺は眼を細くファイリアスをにらみつける。ファイリアスは舌打ちをするとこういった。
「ま、そんな事はどうでもいい。とにかく、リリカの奴はこの勝負から強制的に降りてもらう。てことはウル、実質的にオレとお前の一騎打ちってことになるぞ。おいシールズ、異論はないな?」
ファイリアスが横目でそう告げると、シールズは無言でうなずいた。俺達はファイリアスの後に続いて、人だかりを抜けていく。勝負の場所に向かう為。
肩で風を切って歩くファイリアスの後ろ姿。どうすれば、あれほどの傲慢さを身に着けられるのか不思議なくらいだ。他人が自分の事をどう感じるか、なんてことを考える必要がない環境に身を置いているとああなるのだろうか。
ファイリアス・マヌル。
ファイリアスはこの地を治めるマヌル家の一族という話だ。でも、だからといって、現領主直系の親族とは限らない。俺の一族、べリントン家だってそうだ。遠い親戚まで数えあげれば数十家族にまで及ぶわけだし。
俺がそんなことを考えながらぼんやりと進んでいると、後ろを歩くシールズの驚いたような声が耳に届く。
「え、ここってもしかして……」
俺がシールズの声に、ふと立ち止まる。ファイリアスはそのまま目の前の建物の中に吸い込まれていった。シールズが俺の隣に追いついて、目の前の建物をおびえたように見上げる。
「やっぱり、ここは“ルーム”のある寄宿舎だよ」
「ルーム?」
「うん。リリカに聞いた事があるんだよ。寄宿舎の寮の中で“幻獣”の名が与えられていない寮があるんだけど。そこは成績優秀者だけに与えられる特別な部屋があるんだって。ここがその寄宿舎なんじゃないの?」
入り口の上を確認すると、確かに。俺達やリリカの住む寄宿舎には入り口の上に大きなレリーフが飾られている。
俺とシールズのいる寄宿舎は一角獣、リリカのいる寄宿舎は人魚といった風に。
でも、この寄宿舎の入り口には何も飾られていなかった。俺はシールズに確かめる。
「成績優秀者には、自分の部屋以外にも、もう一つ部屋が与えらるのか?」
「らしいよ。リリカがそういっていたから。好成績の報酬として自由に使える部屋が一つもらえるってね。その部屋は“ルーム”って言われてるんだってさ。毎回試験毎の上位10名に与えられる部屋らしいから、毎回メンバーが入れ替わるんだって」
「……なるほど。ならば、俺の部屋もあるんだな」
「ああ。で、でも、正式にこの部屋が割り振られるのは試験休みが明けてからのはず……先生から“ルーム”の鍵を渡されてからだ。まだ部屋の中には入れないはずなんだけど」
俺は手に持っていた自分の名が刻まれた成績証明書を前に持ってきて、分厚い表紙を眺める。
中央に金色の獅子の刺繍。
獅子の右手には懲罰を意味する剣、左手には報酬を意味する天秤。
「俺達生徒はみんな、この偉そうな金獅子にアメとムチを与えられるってわけだ……」
すべてがいけ好かない。
俺とシールズはお互いに顔を見合わせる。
シールズは緊張に押しつぶされそうな、どこかこわばった顔をしている。
俺達は目を見合わせて、深呼吸をしてから、歩みをそろえて名前のない寄宿舎の扉をくぐった。