総合順位6位
部外の人たちと面会ができる解放の日が終わった。
俺に会いに来てくれたのはテマラとその娼婦たち。家族ではないにしろ、やっぱり会いに来てくれる人がいるという出来事は、どこか俺の心を慰めてくれた。
そして、ついに、俺たち新入生の一番最初の学科試験の成績発表日が訪れた。
いつもは騒がしいはずの朝の教室内、今日はみんな子羊のようにおとなしく座っている。
嘘みたいに静まりかえった室内に響くのは、コツ、コツ、というワルド先生のリズミカルな足音。
ワルド先生は生徒たちの机の隙間を巡り、まるで何かの儀式を行うような手つきで成績証明書をそれぞれの机の上に置いていく。魔獣学の教師であるワルド先生はこのクラスの担任でもあるのだ。
俺の目の前にも立派な革表紙の冊子が厳かに置かれた。
黒い表紙中央に焼き印で“ウル”と俺の名が刻まれ、その下にはマヌル紋章師養成院の校章。
象られた横向きの獅子は、その右手に剣、左手に天秤を掲げている。
右手の剣は“懲罰”を、左手の天秤は“報酬”を意味しているそうだ。懲罰と報酬、それがこの紋章師養成院の学業における教育方針なのだ。俺はその鋭い目つきの獅子をにらみつけて、心の中でつぶやく。
(懲罰を意味する剣のほうが、高くかかげられているというのは何かの皮肉なのか)
この成績証明書は、マヌル紋章師養成院を卒業するまでの間のすべての成績が記載されていく重要なものとなる。
全員に配り終わってから、ワルド先生が前の壇上から口を開いた。
「さて、今配ったこの成績証明書は破損したり、紛失した場合は新たに作成しなおさなくてはならない。それに、試験休み明けには返却してもらう。扱いには十分注意するように」
皆、表紙を開くのを待ち切れないのか、どこか空気がうわついている。ワルド先生もそれを悟っているのか、早々に話を切り上げた。
「それでは、今日はここまで。しばらく試験休みに入るが、あまり気を抜きすぎないようにな。じゃ、みんなお疲れさん!!」
わっと静かな空気が割れて、皆が一斉に騒ぎ出した。あちこちでお互いの成績証明書を広げ、見せ合っている。
俺はゆっくりと表紙を開き、息をのんで中身をそっと確認する。
各科目が一番左に縦に並び、その横に学科試験の得点が並んでいる。
歴史学、魔獣学をはじめ、古代語や弁証論、算術などが並ぶ。
「お……結構いいかも」
俺はそこにならぶ得点の並びを見て、少しの意外さと、かすかな希望を感じた。
この点数ならばもしかするとリリカ抜きでもファイリアスに勝てるかもしてないという淡い期待。その時、後ろからシールズの熱のこもった声が聞こえた。
「ウ、ウル……何その点、ウル、キミいったい何者?」
振り返ると、後ろから俺の成績証明書を覗き込むシールズ。
目を真ん丸にひんむいている。
「え? あ、いや、まぁ、俺も徹夜で頑張ったからさ」
「そ、それにしたって……10科目の総合得点で、900点台じゃないかっ! これはもしかすると、もしかするぞ! リリカ抜きでも勝てるかもしれない。ウル、キミ天才だったんだね!」
「い、いや、まぁ」
シールズは後ろから俺の両肩をつかみ、勢いよく前後に揺らした。俺はされるがまま。それにしても、昔、貴族の時にすでに習っていた内容だから当然だ、とは言えない。
俺はどこかシールズに負い目を感じつつも、ひとまずは一緒に互いの成績を見てお互いをねぎらった。
俺は教室内を見渡したけれど、やっぱり、どこにもリリカの姿はなった。
その時シールズが、ふとつぶやいた。
「ねぇ待って、ウル。総合得点で900点台となると、これは、もしかすると、もしかするかもしれない。成績上位者は大食堂前の回廊掲示板に名前が貼りだされるはずなんだ」
「え、そ、そうだっけ?」
「行ってみよう。貴族組に混ざって、唯一の平民組、ウルの名が入るかもしれないぞ」
俺は興奮するシールズに腕をつかまれて、引きずられるように回廊掲示板へ向かった。
回廊掲示板前には多くの人だかり。皆、掲示板を見上げていた。
指をさして黄色い声でなにやら騒いでいる。
廊下中の空気が興奮に満ちて昂っている。
俺達はその密集した人だかりの少し後ろに回り、貼りだされている掲示物を見上げた。
そこには試験の成績上位者の名前が総合得点とともに貼りだされていた。
並ぶ名前を視線でなぞった瞬間、俺の心臓が飛び跳ねた。
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4位 ………
5位 ファイリアス 総合得点 941 点
6位 ウル 総合得点 934 点
7位 ………
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シールズが叫んだ。
「やった! やった! はいってる!! すごい!! ウル、キミは平民組の希望の星だ!」
大きな体を震わせてまるで自分の事のように喜ぶシールズを見て、俺はなんだかありがたかった。
それにしても、よりにもよって、俺の名前のすぐ上がファイリアス。
それを見つけたシールズが悔しそうな声を絞り出す。
「あぁ! あともうちょっとだったのに……でも今回の勝負は科目ごとの10番勝負だったから、まだわからないよね?」
「ああ。たしかに、微妙なところだな……」
俺の名前はあったものの、そこにリリカの名前はなかった。悔しい。
もしも問題がなければ、リリカの成績は絶対に俺よりも上のはずだったのに。隣ではしゃぐシールズのように、俺はどこか素直には喜びきれなかった。