ひとりきりのベッドルーム
夕食を終えて、寄宿舎の狭い部屋でひとりきり。
今しがたあけた窓から、虫の羽音と夕闇がまざり、冷たく忍び込んでくる。
リリカとシールズと過ごしていたあの騒がしい“よるの勉強会”が、なんだかとても懐かしい。
俺は机に座り、かた肘をついて、ただぼんやりと目の前の小さな木箱を眺めていた。
さっき、夕食のときに、生徒たちがそろう大食堂でリリカに会えるかとも期待していた。
けれども、彼女は現れなかった。
というよりも、きっと俺とシールズを避けているんだろう。
周囲を気まずそうに見渡しながら、隠れるように歩くリリカの姿を想像して、なんだか、心が痛んだ。
不名誉なことで自分の名前を貼りだされるという出来事が、プライドの高い彼女の心をどれほど傷つける事か。
それはきっと、息がつまるほど。
「……俺はいったい……ここで、なにをしているんだろう」
かつて、大貴族べリントン家の次男、ウル・べリントンとして、それなりに恵まれた環境で曲がりなりにも帝王学を学んできた。
そんな過去を脱ぎ捨てて、今ここで、名もなき平民として生ようとしている。
それでも、やっぱり俺の体中のあちこちに、ウル・べリントンが染みついている。
それは俺自身よりもむしろ周囲から指摘されて気がつくことが多かったりする。
挨拶のしかた、歩き方、テーブルマナー、ふとした仕草。
さっきシールズに言われた言葉が妙に俺の心を打ち砕いた。
(ウルってさ、なんだか、何かを隠しているみたいにみえるんだよね。荒っぽい言葉遣いもどこかわざとらしいしさ)
シールズに悪意はない。
ただ、鋭く図星をつかれた俺は、引きつった笑いを返すしかできなった。
思えば、子供のころから一人の時間が多かった俺の前に、突如として現れたシールズとリリカ。なんだか二人の存在が、俺のかつての相棒、ぬいぐるみのルウィ以上になりつつある。
その事実が凄く俺を不安にさせる。
この何とも言えない後ろ髪を引かれるような感覚は何なのだろう。
「はぁ……」
ひとつため息をついて、俺は木箱の蓋をそっと外した。
中には牙で形づくられたブレスレット。つまみ上げた時、ふと気がついた。
「……あれ?」
木箱の底にはテマラからの手紙がつめこまれている。
一度読んだあと折りたたんで入れたせいで少し折り目がずれている。そのさらに下。
「……もう一枚、手紙があったのか」
俺はブレスレットを机に置いて、手紙を引きずり出す。
そして今見つけた二枚目の手紙を開いた。
そこにはこの“手首食いのブレスレット”についての詳しい説明が書かれている。
俺は嫌な予感を感じながらも、じっくりと目を通す。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これはあくまでも呪いの道具。たんなる変身の道具じゃあない。
この手首食いのブレスレットは擬態魔獣の牙で出来ている。
何にでも姿を変えるやっかいな魔獣だ。
やつの本当の姿は、見るに堪えない
醜くおぞましい姿をしているといわれている。
このブレスレットをつけた瞬間。
つけたものの視界の遠くに、ミミックの姿がうつるそうだ。
そしてミミックは徐々に近づいてくる。
ミミックがその手首に噛みついた瞬間に、変身が解ける。
いいか、ミミックが徐々に近づいてきたら変身が解ける前兆だ。
ミミックがどんな姿をして近寄ってくるのか。
このブレスレットをつけたものにしかわからない。
手首を噛み千切られた者の中には
鎌を持った死神が見えたというものもいれば
牙の生えた老婆の生首が見えたというものもいる。
体中に目玉のついた大男だったという奴もいたな。
さて、ウル、お前にはどんな恐ろしい化け物が見えるかな。
どうだ、おもちゃとしては一級品だろう。
テマラ
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
俺はその悪趣味な手紙を握りつぶした。
俺の、一人きりの、物思いにふける夜が一気に台無しだ。
この不快な怒りをどうしてやろうか。
「くっそう、あのオヤジ……いつか、盛大な仕返しをしてやる」