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俺達だけの秘密の宿題



 スオンから話を聞いた後、俺はひとまずシールズを探した。

 リリカの名誉のためにも、最初に友人であるシールズの誤解は解いておくべきだ。


 からりとした外の陽気とは対照的に、俺の内側はじめじめとした雨模様。

 楽しげに行きかう家族連れを、ひとつひとつ見まわしながら、なぜか出るのはため息ばかり。

 芝生広場にたどり着くと、見つけた。

 ひときわ目立つ大きな体を揺らしながら、楽しそうに話すシールズの立ち姿。

 その前には母親らしき中年の女性がいる。快活そうに笑うその姿がとても印象的だ。俺は声をかけることをためらった。



「……さすがに、家族水入らずのとこころにはお邪魔か……」



 俺が引き返そうと思った瞬間、シールズがふとこちらに視線を移した。

 目が合ったとたんにシールズは満面の笑みで大きく手招きした。



「あ! ウル! 紹介するよ! 僕の母さんだ!」



 シールズの前に立っていた女性は俺の方を不思議そうに見ると、次に顔をほころばせながら会釈をした。俺もあわてて姿勢をピンとして頭を下げた。

 行くべきかどうか、悪い気がしてすこし迷ったものの、俺は心を決めてシールズの隣まで歩み寄った。目の前にいる中年の女性は、シールズの母親だと名乗った。



「あなたがウル君だね。この子、友達ができたって喜んでいたから会えてうれしいよ。ありがとうね、うちの子と仲良くしてくれて」

「いえ。こちらこそ。いつもシールズ君には、お世話になっています」

「あらぁ~、しっかりした子だねぇ。あんたもこれぐらいの挨拶をぱっとできるようにならないとねぇ」


 シールズは決まりの悪そうな顔で「うるさいな」と悪態をついた。

 シールズの母親はそれを見て、ゆったりとした笑顔を見せた。そして、急に何かに気がついたのか慌てて続ける。



「ああ、そうだ。わたしは、もういかないと。お父さんには、あんたは元気そうだったって伝えとくからね、じゃあね。ウル君、この子をよろしくね」



 そういいながら俺に目くばせすると、シールズの母親は軽く手をあげて背を向けた。

 俺とシールズは一緒にその背中を小さくなるまで見送った。その後、俺はシールズを近くにあるベンチに誘った。

 俺は座るなり、シールズに今さっき聞いたばかりのスオンからの話を伝える。

 シールズはいつになく神妙な顔つきで聞き入っている。俺が話し終えると、困惑したような目つきでうなった。



「うう~ん……だからファイリアスなんかにケンカをふっかけっちゃ駄目だったんだよ。成績競争なんて馬鹿な事するから、こんなことになるんだよ」

「今さらそんなこと言っても仕方ないだろ」



 小さなため息のあと、シールズは腕を組んで悩ましい声を出す。



「でも、だからといって、どうするのさ。もしも、リリカがカンニングをしていなかったとしても、すでに不正行為があったとして懲罰委員会が懲罰を下した後なんだ。いまさらそれをひっくり返すのはたぶん無理だよ」

「懲罰をうけたら、リリカはどうなるんだろう……」

「今回の成績に関しては無効だろうね。つまり零点ってことさ。頭のいいリリカが抜けたら、僕たちの土下座は決まりってことさ」




 この際、もう土下座は仕方がないとして。

 もしもスオンが言ったようにいじめというのが本当の話だったら、まずはそれをやめさせるのが第一だ。

 しかし、リリカのあの強がりな性格からして、俺達に素直に助けを求めてくるとも思えない。

 俺は隣に座るシールズの瞳を覗き込む。少しのおどしを込めて。



「シールズ、秘密を守れるか?」

「……な、なんだよ急にそんな怖い顔して」

「もしかすると、俺が今からすることは院の規則違反になるかもしれない」

「ええぇ!? な、なにいってるの? ウ、ウルまで懲罰を受けたらどうするんだよ」

「とにかく、俺の部屋に来てくれ」





 俺はむずがるシールズの手を引っ張り、なんとか自分の部屋に誘い込んだ。

 シールズを寝台に座らせると、部屋のテーブルに置いていた、あの木箱を手に取りシールズの顔の前に掲げて見せる。

 シールズは怯えたように顔をのけぞらせる。



「……そ、その箱がどうかしたの?」

「この中にはある呪具が入っているんだ」

「じゅぐ、というと呪いのかけられた道具だね」

「そうだ。ここには“手首食いのブレスレット”と呼ばれる何かの生き物の牙で作られた腕輪が入っている。このブレスレットを右手首に装備してある人物を指さすと、しばらくその人物に成りすますことができるそうだ」

「……他人に成りすまして、何をどうするの?」

「だから、それを一緒に考えてほしいんだよ。リリカを助けるためにはこれをどう使うべきか。このブレスレットの効果は一回きりしかない」




 シールズは眉をきゅっとよせて、口をへの字に曲げる。



「そもそも、今回のリリカの不正がでっち上げだったとしても、その首謀者もわからない。何をどうするのか見当もつかないよ。リリカに聞くのが一番早いとおもうんだけど」

「リリカが素直に話すと思うか? 山のようにプライドが高い奴なのに」

「そりゃそうだけどさ……じゃ、こういうのはどう? ポープ院長先生に化けてリリカに問いただすの、本当の事を話しなさいって」

「リリカが首謀者をしらなければ、答えようがないだろ」

「ああ、そうか……」




 その後、俺とシールズは誰に化ければいいのか頭をひねる。

 リリカの周囲にいる人物を洗い出してみる。その人物に成り代わった後の行動を想定する。行き詰る。何人もの名を出してみるが、この繰り返しでなかなかいい案が出ない。


 そんなことをあれやこれやと話すうちに、あっという間に窓の外からオレンジの光が差し込み始めた。シールズは寝台に寝そべりながら、疲れ果てた声で悲壮につぶやく。



「ねぇ、ウル、誰に成り代わるか。お互いに一晩、じっくり考えようよ……僕はもう頭を使いすぎてなんだか熱が出そうだよ」

「そうだな……これは、明日までの宿題にしよう。俺達だけの秘密の宿題だ」





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