呪具『手首食いのブレスレット』
とにかく、事情が分からない。
リリカの部屋の前でずっと立ちすくんでいたところで、何の解決にもならないし、きっとリリカの迷惑になるだけだろう。
俺はそう思い、いったん女子の寄宿舎であるマーメイド寮を後にした。
俺とシールズの部屋があるのは『ユニコーン寮』だ。
俺はユニコーン寮の入り口を抜けて階段を駆け上がり、自分の部屋に入りこむ。靴から足を引っこ抜いて寝台に倒れ込んだ。
ごろりと体を仰向けにして、憂鬱な気分をできるだけ遠くに吹き飛ばすように、口をすぼめてため息をついた。
「ふぅぅ……解放の日の期間が終われば、すぐに試験結果の発表……どうなっちまうんだろう……」
寝台のすぐ横には手の届きそうな距離に机がある。その机の上、小さな異物が目入った気がした。
俺は胸騒ぎとともに首を横に向けて、その異物に視線をうつした。
あの小さな木箱。
テマラからもらった手のひらサイズのものだ。
薄くて、ぐっと握ればすぐにつぶれそうなその木箱には、何の装飾も文字もなく、ただ木目がついているだけ。
テマラ曰く、何かの呪具が入っているらしい。
なんだか邪なオーラがむわっと漂うその箱のフタを開ける気にはならず、いまだに中身は知らない。
しかし。
俺は体を起こして、その怪しげな木箱をみつめる。
なんだか無性に中身が気になり始めた。
この胸のうずきは何だろう。好奇心とは少し違う。
俺は腰を上げて忍び足で机に近寄ると、そっと木箱に手をのばして、まるで何かに操られているかのように、何も考えずにそのまま蓋を開いた。
中にはきらりと光る物。
「……これは……腕輪?」
俺は右手の指先でそのブレスレットをつまみ上げ顔の高さに持ち上げる。
目の前にある南側の小窓から差し込む陽に反射して、それは冷たく光った。
爪ほどの大きさの何かの動物の牙をつなぎ合わせて作られたブレスレット。
黄色味の残る白色の牙。
その牙は何かの加工がされているのかてらてらと輝いている。腕に通すとまるで牙に噛みつかれているような格好になるであろう、気味の悪い代物。
「……まぁ、呪具というのがまさにぴったりだな」
ふと木箱の底におまけのような紙切れが折りたたまれてはいっていた。
俺はブレスレットを机にそっと置いて、その紙切れを開く。
中には小さな文字が几帳面にびっしりと並んでいる。
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これは“手首食いのブレスレット”と呼ばれる呪具だ。
◎作用
このブレスレットを右の手首につけて
ある特定の人物を指さすと、短時間だけその特定の人物に姿を変えることができる。
ただし一度だけしか使えない。
▼反作用
このブレスレットは、上記の作用終了後、はめた人物の手首を食いちぎる。
つまり、二度とこのブレスレットを身に着けることができなくなる。
そういう理由で一度しか使えないという事だ。
ただし、ウル、お前に呪いの耐性があるのならば▼反作用の方は
ある程度は、はじき返すはずだ。
使うか使わないかは、お前の根性しだい。
お前の手首が無くなっても俺は責任は持たん。
テマラ
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背骨を冷たい汗がつつとなぞる。
「ある程度って……どの程度なんだよ、そこが一番重要だろうが……」
俺は手紙を読み終えると、机の上に置いてあるブレスレットをまじまじと見つめた。
さっきよりもさらにおぞましく思えてきた。
この不揃いの黄色い牙が手首に突き立って、俺の手首をガリガリと音を立てて嚙み千切るところを想像する。
「おえっ……いったい何の呪いなんだよ」
俺は手紙を木箱に突っ込んで、ブレスレットもじゃらりと放り込むと、それらを覆い隠すように上からフタをかぶせた。