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リリカのカンニング疑惑


 “解放の日”最終日、俺が一人で食事を摂っていると、シールズが血相をかえて飛んできた。

 俺の隣にくるなり、上ずった声で早口にまくしたてた。



「ウル、回廊掲示板見た?」

「かいろうけいじばん?」

「この大食堂に来る途中にある回廊の掲示板だよ。あそこには院からのいろいろな報告事項が貼りだされているんだけど……リリカがまずいことになってる」

「え?」

「とにかく、来てよ」




 俺の頭に、この前みたリリカの沈んだ顔がすぐさま浮かんだ。

 俺はひとまず席の食事トレーをそのままに、急いで立ち上がりシールズに続いた。





 回廊掲示板の前。

 素通りする生徒もいれば、興味深そうに立ち止まり、見上げている生徒の姿もちらほらいる。


 石壁に仰々しい四角い木組みの掲示板が掲げられ、そこに何枚かの羊皮紙が貼りだされている。その中の一枚をシールズが指さした。



「ほら、あの一番右側の……」



 俺がシールズの指の先をなぞって視線を向けると、そこにはここ最近、懲罰委員会からの懲罰を受けた生徒の名前がならんでいる。俺が上から順に目で文字をなぞっていくと。



「え、嘘だろ……」



 心の中、不吉な雷鳴を響かせながら暗雲が垂れこめる。

 信じられない。

 懲罰を受けた生徒の中に、リリカの名前を見つけてしまったのだ。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 懲罰生徒 不正報告


ボールドウェル:(2回生 寄宿舎 グリフォン寮) 無断外出


マクマベリー:(2回生 寄宿舎 ペガサス寮) 無断魔術使用


リリカ:(1回生 寄宿舎 マーメイド寮) 試験中の不正行為


ラクムント:(2回生 寄宿舎 グリフォン寮) 試験中の不正行為


サーリャ:(1回生 寄宿舎 マーメイド寮) 30分遅刻




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 あまりの事で、言葉が出ない。

 今までリリカと一緒に勉強していた瞬間、瞬間が、走馬灯のように頭の中をぐるぐるとかけ巡る。


 シールズの部屋でよるの勉強会を開いてきたのに。

 あの狭い部屋で、額をつき合わせて何度も何度も、試験の問題を出し合って頑張った事が思い出された。

 それなのに、最後の最後で、こんなことになるなんて。

 あの時のリリカは、いったい何だったんだ。


 その時、隣のシールズが、この世の終わりみたいな声を出す。




「……ねぇ、こんなことってある? こんなのひどすぎるよ……毎晩、僕の部屋に来てやっていたあの勉強会はなんだったの?」

「……これは……何かの間違いじゃないのか?」

「間違い? だれの? 何の間違い? リリカを見損なったよ。でも今考えると、リリカの奴、試験の期間中、なんだか少しおかしかった。ウルもみてたじゃないか。なんとしてもファイリアスに勝たなくちゃ、勝たなくちゃって、まるで何かにとりつかれたように……」

「だからって……リリカが不正行為なんて……本人に聞いてみないと」

「はぁ……もういいよ。僕たちがファイリアスに土下座をすればいいんだろ」




 シールズはそういうと「あ~あ、バカみたい」とあきれ返って、大きくため息をついた。

 その後のシールズとの食事はまるで味がしなかった。粘土の塊をかみしめているかのように。



「シールズ、俺、このあとリリカの部屋に行ってみるけど」

「そう……僕は今から家族との面会があるから、ごめんね。リリカによろしく」



 シールズはそう言うと、食べ終えた食事トレーを持って、そそくさと席を立った。








 昼食を終えた後、俺はリリカの住む女子の寄宿舎に向かった。

 マヌル紋章師養成院の寄宿舎には、それぞれを現す幻獣の名がつけられている。俺はリリカの寄宿舎である『マーメイド寮』を見上げた。

 入口のこじんまりとした木の扉のうえに楕円の白いレリーフ。中央に儚い表情の人魚の顔が横向きに(かたど)られている。


 今は“解放の日”でありどこでも面会自由。

 これは生徒たちにも適用される。

 だからといって、女子の寄宿舎に男子が入るというのはあまり喜ばれるとは思えない。

 俺はどことなく規則をやぶってしまっているような背徳感に抗いつつ、マーメイド寮の扉をくぐった。







 注がれる女生徒たちの目は、まるで好奇心を隠さない。

 どこかにやついた表情で小さく「やだ」だとか「告白に来たのかしら」だとか、わざと聞こえるかのような音量ですれ違いざまに、つぶやいてくる。


 俺は足早に階段を駆け上がり、リリカの部屋の前にたどり着いた。


 ノックと同時に「リリカ、いるのか」と声をかける。耳に神経を集中させるけれど、扉の向こうは静寂につつまれている。




「リリカは、いないわよ」




 飛びこんできた冷たい声に、俺は思わず息をつめる。ふぅ、と胸を押さえて体の向きをずらすと、隣の部屋の前に女子生徒の姿。

 控えめな身体の曲線をつつむ白いブラウスと紺のスカート。すらりとした手足はどこか人間離れして見えた。彼女はつづける。



「約束もせずに女の子の部屋を訪れるだなんて、随分と失礼だこと」



 どこか鼻持ちならない高飛車な話し方。彼女は青い瞳で俺を値踏みするように、にらみつけてきた。どっちが失礼なんだか。




「リリカに用があるんだけど、どこにいったか知らないか?」

「あなた、回廊掲示板を見てないの?」

「見たから来たんだよ」

「だったらわかるでしょ。いまごろどこかで、反省文でも書かされているんじゃないの?」



 俺はむっとして、つい「リリカは不正行為をするような奴じゃない」と言い返した。そのセリフを聞いて彼女は体を前に折り曲げて笑い出した。


 ひとしきり笑い終えた後、彼女は「あなた、一体、何を言っているのかしら?」と突っかかってきた。俺はもう一度、語気を強めて言った。




「リリカは不正行為をするような奴じゃない」



 彼女は少しひるんだように眉をひそめた。そして何も言わずに部屋にまい戻った。





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