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テマラのこころ ①






さて、ここでいったん視点は少年ウルからはなれます。



ウルを棺桶からつれだした男、呪いの紋章師テマラの視点へと。



ではでは・・・。











 今回の客はちょいとばかり警戒が必要だ。

 なぜそう思うのかはわからない。ただ、オレの直感がそう告げる。


 ここは丘の屋敷の応接室。

 オレは目の前のソファに浅く腰かける男を眺めた。

 まるで、こんなきたねェソファにはできるだけ体をつけたくないとでもいうみたいに不自然な座り方をしやがる。室内だというのに外套(コート)すら脱ぎやしねぇ。


 男は感情の読めないガラスのように光る目玉で、俺をじっと眺めて話す。

 男が声を出すたびに、飛び出た喉ぼとけが目障りに上下する。




「聞いたところによると、呪いの魔術には“死神の刻印”なる魔術があるとか……」

「ああ、あるね。効果のほどはいろいろ”調整”できるが。要するに死ぬ日を指定する呪殺だ」

「なるほど……その呪いをかけられた者は、さぞかし毎日恐怖におののくのでしょうね」




 男は声を押し殺すようにうつ向いて肩で笑った。

 男を包む黒い外套(コート)が影のように揺れる。

 誰かを苦しめて殺したいのか。しかし、この野郎は少し思い違いをしている。




「オマエに一つ忠告してやる。死というのは受け取る者によって意味合いが変わるってのも事実だ。誰もかれもが死に対して恐れおののくとは限らねぇぞ」

「はて……そうでしょうか? わたしは死ぬのが怖くて仕方がない」

「あのな、考えてもみろ。何不自由なく豪華な暮らしをしている金持ちと、明日の行方もわからねぇ貧乏人にとって、訪れる死というものが同じだと思うのか? そんな浅い考えでこの呪いをかけてほしいといっているのだとしたら、後悔することになる」




 男は眉間に深いしわを寄せた。

 しかしそれは依頼をすべきかどうか悩んでいるという種類のものではなく、自分に向けられた異論に対するいら立ちのように見てとれた。

 案の定、男の口調はどこか固くなった。




「ふむ……しかし、わたしは、死というものはみなに平等に恐怖を与えるものだと思っています」

「ま、オマエの呪う相手が誰かは知らねぇが……」




 くそ。

 なんだってオレはこいつにこんな言い訳じみた事を話しているんだ。

 まるで依頼を断ろうとしているみたいじゃねぇか。

 最近どうも調子が出ねぇ。この億劫さの正体。

 認めたくねぇがウルにかけた『黄泉がえりの呪法』が失敗して以来、オレはなんだかこの手の依頼を受けるのに慎重になっちまっている。

 今までこんなことが起きたことはなかった。すべての依頼を完璧にこなしてきたってのに。あんなガキに出会っちまうとは。


 ふと我に返ると、男がじっとこちらを覗き込んで黙っている。次はそちらがしゃべる番だとでもいうように。




「おお、すまねぇな、ちょいと考え事をしちまって、ま、とにかくこの仕事の報酬の話をしようじゃねぇか」

「ええ。そうですね」






 男と話し終えた後、オレは男を応接室から送り出し、玄関ホールまでの見送りは娼婦のデリアナに任せた。

 オレはそのままソファにもどりどっかともたれこんだ。なんだかひどく疲れちまった。ほどなく応接室の扉の向こうからデリアナが姿を現した。




「随分と、長い時間話し込んでいたのね」

「あぁ……まぁな」

「また呪いのお仕事?」

「ああ、そんなところだ」

「どうしたの? なんだかとても疲れているみたいね」



 突如、オレのなかで何かがはじけた。口をついてひどい言葉が出る。



「うるせぇ! このアバズレが! そんなことはオマエに関係ねぇだろうが! とっとと部屋から出ていきやがれ!」



 言った直後に苦い感情が口の奥に広がった。

 デリアナは何も言わず、ため息を一つ残して扉をしめた。

 いったいこの感情は何だ。オレはどうしちまったんだ。これじゃ仕事もままならねぇ。





 このエインズ王国を治める、七大貴族の一角であるべリントン家。

 その現領主はアルグレイ・べリントンだ。

 世俗の事には興味がない俺ですら知っている野郎だ。それほどに、この国で名を馳せている。

 15歳の頃の『天資の儀式』で複数の紋章を授かり、次期国王候補と目されている人物。


 そんな有力者に恩を売っておくつもりが、こんなにもわけのわからない事態に巻き込まれるハメになっちまうとは。


 表向き、べリントン家の次男であるウルが狩りの最中に事故死した事にはなっているが、実際に事故死したのはウルの兄であるアッサムなのだ。

 そしてそのアッサムをよみがえらせるためにウルの命を犠牲にした。アッサムは見事よみがえった。今も問題なく過ごしていると聞いている。

 その事実を知っているのは、べリントン家でもごく一部。

 それと『黄泉がえりの呪法』にかかわった俺と、あと3人の紋章師のみ。


 さらに、だ。

 その死んだはずのウルがよみがえっちまったという事実を知っているのは、このオレひとりなのだ。

 こんな秘密を抱えることになるだなんてな。

 この秘密は俺にずっと付きまとう。手放そうにも手放し方がわからねぇ。

 ウルをこの屋敷から少しばかり遠ざけたところで、どうなることでもねぇが。今のオレにはそれぐらいしか留飲を下げる方法が思い浮かばなかったのだ。

 あの時ひとおもいに殺しちまえばよったのか。


 


「はぁ……畜生め。デリアナにあとであやまらくちゃならねぇな……」



 

 オレは天を仰ぎ、独り言ちた。ふとウルの顔が浮かぶ。

 あいつが紋章師養成院に行ってから、それなりに日が経つ。

 何度かデリアナからウルに会いに行こうと催促されていたが、オレは断っていた。

 デリアナの奴は、一度、紋章師養成院の中に入ってみたいと言っていたっけな。


 ここは、デリアナの機嫌をなおす為にも、今度、ウルに会いに行ってみるか。

 どうせなら、デリアナとの仲直りのダシにあいつを使ってやる。







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