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理論武装少女のリリカ

 マヌル紋章師養成院。


 寄宿舎での生活が始まって数日が経ち、ここでの生活にも慣れてきた頃。






 午前の“魔獣学”の授業が終わる。俺とシールズは昼食のため大食堂の扉をくぐった。

 この大食堂内には不思議なことに柱が一本もない。

 高天井を支えるのは壁から延びるアーチ形の(はり)だ。

 窓から差し込むステンドグラス越しの光に照らされ黒く輝いている。


 ふるめかしい長テーブルを両からはさんでならぶ無数の椅子。

 それを取り囲む白壁のあちこちに飾られている立派な肖像画。

 聞くところによると歴代院長の肖像画らしいけれど、どの顔もむっつりと口を閉じて室内を見下ろしている。

 なんだか食べ方のチェックをされているようで自然と背筋がピンと伸びてしまう。


 ここに準備される毎日の食べ物だけをみても、この養成院にかかる費用がバカ高いというのはどんなバカでもわかるだろう。



 食事はビュッフェ形式。俺たちはそれぞれ自分の食べたい物を取り分けて、手元のトレーに乗せると、長テーブルの席についた。


 隣に座るシールズが、肉を頬張りながら、ぺちゃくちゃと話す。

 俺は、ふんふんと聞いていた。



 シールズは自分の住む村で今年唯一の紋章を授かった新成人らしく、村人みんなの期待を一身に背負ってここにきたそうだ。

 が、見る限りそれほどの重責を感じているようには見えない。

 もしや鈍感系か、はたまた大物なのか、少し判断がつかないところがある。


 その時、俺たちの前に現れた人影。

 俺達が会話を止めてふと見上げると、そこに制服姿のリリカが立っている。

 ここに来た初日、俺とシールズを助けてくれたあの理論武装少女。


 大きい襟のブラウスの中央で白いフリルタイが揺れる。

 リリカは幅広の袖口の手に持った食事トレーをテーブルにコトリと置く。

 スカートを引き寄せて俺たちの前の席にすっと腰を下ろした。

 俺達は偶然にもみな同じクラスに振り分けられた事もあり、最近よく一緒に食事をするようになっていた。

 リリカがいつものように得意げな口調であいさつをする。




「ごきげんよう、おふたりさん。一回目の学科試験の勉強はすすんでいるの?」

 



 リリカの問いを気にも留めず、シールズは次々と食べ物を口に放り込み続けている。

 仕方なくリリカの問いには俺が答えることにした。




「まぁ、ぼちぼち」

「ふふっ」




 リリカは急に吹きだして、手で口元を押さえた。

 意味深な笑い。

 俺はどこか小馬鹿にされたような気になって、少しムッとしてしまった。




「何だよ、その笑い方」

「だってさ、随分と余裕そうな返事。私の周りの子たちはみんなひぃひぃ言いながら徹夜しているっていうのに。ぼちぼち、なんてとぼけた返事をする人、ウルが初めてよ」




 隣のシールズが、ようやく口の中の食べ物を腹に流し込み終えたのか、もごもごと話しだす。




「でもさ、ずっこいよね。試験って言ったってさ、結局は貴族様たちのほうが全部有利なんだからさ」



 リリカが、ふと首をゆらす。



「どうしてよ?」

「だってさ、考えてもみなよ。僕たち平民はこの養成院に来るまで独学か私塾通いくらいだろ。それに比べて、貴族様たちは子供のころから本に囲まれて、専属の家庭教師がついて至れり尽くせりなんだから。試験の成績上位者が貴族様たちで埋め尽くされるのも当然ってわけさ」

「シールズ。いままでの事なんてここでは関係ないの。きちんと取り組めば、私たちでも成績の上位を狙えるはずよ」

「リリカは頭がいいからそういえるんだよ。僕なんかさっきの魔獣学の授業でも初めて聞くことばかりさ。あんなに全部覚えきれないよ」

「だからみんな徹夜で勉強するんでしょ、何を言っているのよ」




 リリカはあきれたようにため息をついた。


 俺は二人の軽いやりとりを眺めながら、内心ではシールズの意見にとても賛同していた。

 一理も百理もある。

 (元貴族の)俺は子供の頃からそれなりに勉学の場は与えられてきたのは事実。

 さっきの魔獣学の授業もほとんどが知っている事ばかり。

 まるで学んだことの復習をしているともいえる。

 ただ、周囲には気がつかれないよう、知らないふりをしていたりする。



 そんな時、二人の会話に割って入る甲高い男の声。




「おい。お前たちまたつるんでいるのか」




 俺たちのテーブルを仁王立ちで見下ろすのは、ファイリアス・マヌル。

 橋の上で、シールズに難癖をつけていたあの偉そうな貴族の男だ。

 本人曰くこの地を治める領主マヌル家の一族、らしい。

 こいつはことあるごとに俺達に蛇のように絡んでくるしつこい男だ。

 ファイリアスは赤毛を後ろにかきあげて、ほくそ笑む。



「お前たちみたいな連中がいくら頑張っても無駄ってものだ。貴族と平民は頭の出来が違うんだから。毎年毎年、貴族組が平民組を圧倒するんだ」




 リリカがファイリアスを、キッとにらみつけて言い返す。




「いいこと、ファイリアス。この養成院の中では生徒はみな同じ。貴族も平民も関係ないの。成績のいいものが上位にいくのよ。この養成院の理念を教えてあげるわ。“その者がもつ身分や種族にとらわれず、広く野に人材を求めるべし”よ。わかった?」

「ふん。貴族も平民も関係ないとかいいながら、その実、お前が一番こだわっているんじゃないのか、リリカ。俺が何も知らないとでも思っているのか?」

「な、なによ」

「お前は没落して家名を取り上げられたミューゲルト家の長女。リリカ・ミューゲルトだろ?」



 え。リリカの奴、苗字(ファミリーネーム)を持っていたのか。

 俺がふとリリカに目をやると、リリカの顔はみるみるうちに朱に染まってふくれあがる。

 もう耳の先まで真っ赤だ。

 あ、この話はリリカの“怒りスイッチ”か。

 踏んではいけなかったようだ。リリカはわなわなと震える声で話す。




「ど、どうして……そのことを……」

「社交界じゃ語り草になっているらしいぞ。お前の父親が賭け事に狂い、あちこちの貴族から借金をこしらえてついに破産した、なんて話はな」

「……お、お父様はそんな人じゃない! 何も知らないくせに! この鳥頭のバカ貴族!」

「なんだと! キサマ!」




 始まった。

 リリカとファイリアスの悪口合戦の開幕。

 今日は何回戦までやるのやら。お互い嫌いならば無視すればいいだけなのに、この二人は決まって言い争いを始める。

 俺がいつもの事に冷ややかな目をむける。しかし、ついにお鉢がこちらにも回ってきそうな勢い。


 ファイリアスは俺たちを見下ろしながらこう言った。




「リリカ、そんなにも貴族と平民など関係がないというのならば、今度の学科試験で貴族の俺よりもいい成績をとって見せろ」

「ふんっ、その勝負、受けてあげる。私が負けたら土下座でも何でもしてあげる!」




 それを聞いていたシールズが、あたふたと止めに入る。



「ちょっと、リリカ、そんな勝負をしてどうするんだよ」




 リリカはわかっていながらも、後戻りができないのか、唇を震わせながらシールズをみつめ返す。

 はぁぁ、めんどくせぇ。が、俺は仕方なく立ち上がった。ファイリアスに提案をする。




「あのさ、ファイリアス。お前が優れた貴族ならば、リリカにハンディキャップをつけてやるべきだと思うんだけど」

「……はぁ? ハンディキャップだと?」

「そうだ、こうしよう。試験は10科目ある。それぞれの科目ごとの10番勝負だ。そこで、俺たちのほうは三人のうちの一番高い人の点数を使う。その点数とお前の点数とを比べていくってのはどうだ? 全10科目のうちで点数の高い科目の多いほうが勝者だ」

「ふふん。科目ごとの勝負、そして三対一という事か? まぁ、うまく乗せられた気がしないでもないが、それぐらいのハンデは当然かもな」

「だろ?」

「へっ、いいだろう。どうせ俺に勝てる奴なんていないだろうからな。約束は守れよ。お前たちが負けたら、お前たち三人とも俺に土下座だからな」




 ファイリアスはそう毒づくと、ぷいと顔をあちらに向けて歩いて行った。

 そのうしろに金魚の糞のように何人かが付き従っていた。



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