紋章師の学校、マヌル紋章師養成院へつきましたとさ★
「何をそんなに驚いてんだ。紋章を授かったんなら大抵の奴が通りたがる道だ」
「でも、どうして俺にそこまでして……?」
「ウル。お前はな、俺たちのかけた『黄泉がえりの呪法』をはじいた」
「だ、だからって……それが俺を紋章師養成院に入れる理由?」
テマラは俺に座るよう、手をひょひょいと揺らした。
俺はひとまず椅子に座りなおした。
テマラは身を乗り出し、テーブルに肩肘をついて俺の目をじっと覗き込む。
「いいか、ウル。俺がお前にかけた『黄泉がえりの呪法』というのはな、呪いの紋章師である俺とあと3人の別の紋章師。4人がかりで行う高位の複合魔術なんだ。それもそこいらのぺぇぺぇの紋章師じゃなく、それなりに手練れの紋章師じゃなきゃ扱えない禁術だ。その4人がかりでかけた強力な魔術を、お前はひとりではじきかえした。お前には“呪いの耐性”があるようだ。お前は自分の力の使い方をきちんと学ぶべきだ」
「自分の力の使い方……?」
「そうだ。わりぃが、オレはそういう事を、ちまちまと他人に教えられるような人間じゃあねぇ」
「……けど、紋章師養成院にはいるにはすごくお金がかかるんだろ?」
「まぁ、養成院の学費のほうは心配するな。カネは出してやる。ただし、貸しだがな」
「貸し? しゃ、しゃ、借金ってこと?」
「あたりめぇだろうが。世の中はカネで動いてんだぜ、元貴族のお坊ちゃま」
テマラは指で輪を作って俺にみせつけた。
突然、降ってわいたような話に俺が固まっていると、背中からデリアナの声がする。
「へぇ、ウルって紋章師だったの? すごいじゃない」
途端、テマラの声が猫なで声に変わる。
「おお、デリアナ。相変わらず美しいな。お前は下から見上げる眺めが一番いい」
「やだ、テマラったら……うふふ」
「おい、ウル。俺達はちょっと用があるから、大広間の片付けは任せたぞ、ささ、デリアナ二階へ行くぞ」
テマラはそういうと勢いよく立ち上がり、デリアナの腕を引っ張るようにして階段をかけ上がっていった。俺は、そそくさと走る二人の後ろ姿を見上げてつぶやいた。
「……朝っぱらからさぁ……ていうか、俺が洗濯まですんのかよっ!」
マヌル紋章師養成院の入院式当日。
俺はデリアナに付き添われて、箱馬車で養成院へと向かっていた。
目の前に座るデリアナが片手で首筋をあおぎながら、口を開いた。
「いい陽気ね。おめでたい日にふさわしいわ」
「あぁ……そうだね」
今はちょうど芽吹きの季節(春先)だ。
すべてが真新しく生まれ変わり、気持ちが浮き立つような、そんな時期。
でも俺の心はどこか沈んでいた。
「どうしたの、ウル。なんだか今朝から、浮かない顔ねぇ。紋章師の養成院にはいれるだなんてすごく名誉な事じゃない」
「そうなんだけどさ……」
俺がべリントン家から去ってからというもの、いろいろな出来事が一度に押し寄せてくる。俺は押し流されるままに、頭も体もついていけてない。
それにしても、テマラはなんだって俺を紋章師養成院なんかに放り込んだのだろう。
俺にあたらしい身分まで与えて。俺のため、みたいな言い方はしていたけれども怪しいもんだ。
この紋章師養成院は寄宿制だ。
あの屋敷から俺を追いだすための口実としてここに入れたのかもしれない。
その時、馭者の声とともに、馬車がとまる。
俺は扉を開けて箱馬車から大地に飛びおりて体中で伸びをする。
箱馬車の方を振り返ると、中からデリアナが小さく手を振っている。
デリアナは声を出さず、口の形で“がんばってね”の言葉と笑顔をくれた。
俺は小さくうなずいてふりかえる。
見上げた先にあるのは青い空を背に聳え立つ『マヌル紋章師養成院』だ。
まわりを見渡すと俺と同じような背格好の男女の群れ。
みな緊張した面持ちで目の前の石橋を渡っていく。
下に流れる河を見下ろす幅広の橋の先、石門が大口を開き皆を吸い込んでいく。
俺も周りにならって歩き出した。