不死人とのやり取りっていらいらいするもんですね
ペセタルを抱え上げた男に続き、俺たちはひとまず隣の部屋に移った。
剥げた壁にかこまれた中央、茶けたシーツの乗った薄汚いベッドがぽつんとある。床よりはましだろう。男はペセタルを軽々と運びベッドに寝かせる。ラプスがベッドの向こうに回り込み、心配そうにペセタルの顔を眺めている。俺は隣にいるリラにささやいた。
「リラ、少しペセタルを見ていてくれるか?」
「うん、わかった……」
リラは小さくうなずくとラプスの隣にまわりこんだ。俺は再び、メディアベルのいる部屋へと戻る。
メディアベルはまるで何事もなかったかのように、部屋の奥に突っ立っている。本当にこいつはペセタルの実の父親なのだろうか。たったいま息子から首をはねられたというのに。こんなにも顔色一つ変えずにいられるものなのだろうか。それとも、これが不死人という存在の特徴なのだろうか。
俺はなんだかメディアベルに対してムカムカしてきた。息子の苦しみを、こいつは本当に理解しているのだろうか。メディアベルの足元には金に輝く天秤。右の小皿にはぴくぴくと収縮する真っ赤な心臓がのせられている。
メディアベルは口を開いた。
「キミたちとの話に気を取られ、彼らが近づいていることに全く気がつかなかったよ」
「勘違いしないでほしいが、あいつらがここに来たのは俺にとっても予想外だ。しかし、この天秤の呪いを解くように依頼してきたのはあいつらだからな。別にここにいても問題はない。むしろ話が早いかもな」
「私にかけられた不死人の呪いを解く、という事はつまり、私にとっては死の到来を意味する」
「そうなるな。もしもそれが嫌ならば、俺をとめるしかないが……お前さんが操る屍鬼をつかって俺の息の根をとめるかい?」
「まさか……私は別に……どちらでもよい」
「あのなぁ、お前さん。感情がないのか? よくそんなに他人事みたいな口調ではなせるな」
その時、入口のほうから声が飛んできた。
「仕方なかろう、それが不死人の性質というものだ」
俺が振り返るとペセタルと一緒に来ていた痩身の男がマントをなびかせて進み来る。男は俺の隣までくると、メディアベルを見つめ、正体を明かした。
「私はペセタル様に仕える者。風の紋章師、ネリギュルと申す」
メディアベルは無表情に薄くうなずく。ネリギュルはメディアベルを冷たく一瞥すると、俺のほうに視線を向けてこういった。
「呪いの紋章師ウル。早く終わらせよう。その“マアトの天秤”の呪いを解いてくれ」
「おいおい、ちょっと待てよ。この呪いは“不死人の呪い”だ。それを解いちまうと、今目の前にいるメディアベルはあっという間に灰になって消え去っちまうんだぜ?」
「わかっている。しかし、この呪いを解くことがペセタル様の依頼なのだから、お前は自分の仕事をすればそれで良い。見たところ、情に流されるタイプでもないだろう。さっさとしてくれ」
「いや、そういう事じゃなくてだな。俺が言いたいのは、メディアベルはお前の仕えている主人、ペセタル・イルグランの実父だという事だ。あいつの実父をここで殺すのか?」
「わけのわからない戯言をいうな。ペセタル様のお父上はただひとり、デルモス・イルグラン様だけだ。この者はペセタル様の父親などではない。早く呪いを解くんだ」
こいつ。イルグラン家の真実を、ここで闇に葬るつもりか。俺はネリギュルに体を向けて、じっくりとその目を覗き込んで伝える。
「おい、俺の依頼主はペセタルであって、お前さんじゃねぇ」
「そのペセタル様が気を失っている以上、今は私がその代理だ。ペセタル様も異存はあるまい」
ネリギュルの目は突き刺すように俺を見た。その時、メディアベルが俺たちをいさめるように話しかけてきた。
「もう良い。私の不死人の呪いを解くことが、あの子の望みならば、そうしてくれ。私は不死人になったその時から、心を失っている。私から何かを望むことはない」
さっきから聞いてりゃぺらぺらと。俺はネリギュルから視線を外して、今度はメディアベルに向ける。
「おい。メディアベル……お前さん、さっきから随分と無責任な発言をくりかえす。いくら取り乱したとはいえ、子供が自分の父親の首をはねるってことが、どういうことかわからねぇのか? あいつがどれほど苦しい思いをしてきたか、少しでも考えたのか?」
「……あの子には悪いことをした」
「悪いこと? そんな言葉じゃ、足りねぇだろうな。お前さんは、ペセタルを殺したんだ。だから、あいつは復讐した。復讐して、ようやく今お前さんを殺し返したんだよ。エマニュエルの事だってそうだ、結局お前さんはエマニュエルからも、ペセタルからも逃げだしただけだ。さっき言ったな“エマニュエルとの約束で自分の心臓をささげた”と。エマニュエルが本当にそんなことを望んだと思っているとしたら、お前さんは、とんだ間抜けだ」
俺が言い終えた後も、メディアベルは、ぼんやりとした表情で天秤に乗った自分の心臓を見つめていた。思わず俺が頭をかきむしると、隣にいたネリギュルが、呆れたように小さくため息をついた。
「ウル。さっきも言っただろう。これが不死人なのだ。言葉を解する屍。情や道理などを彼らに説いたところで、何も伝わりはしないのだ。彼らを、生かしておく理由があるのか?」
その時、せわしない足音がこちらに近づいてくる。俺達が部屋の入り口に目をやるとリラが飛び込んできて告げた。
「あのひと、ペセタルさんが目を覚ましたよ!」
俺とネリギュルは顔を見合わせて、リラに続いた。