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邂逅(かいこう)



  


さて、ここからは主人公ウルの視点へともどります。




一同が介した幽霊屋敷の二階の部屋へと…………







 死霊の紋章師小妖精(フェイヨン)族、メディアベルの告白を聞いていた。


 奴は、眉一つ動かさず、すべてをはなし続けた。ながい、ながい懺悔(ざんげ)のように。


 俺は別に神父でも何でもないんだがな。他人の色恋沙汰なんて耳をふさぎたくなるところだ。が、仕事なんだから仕方がねぇ。ひとしきり話を聞き終えて、俺はたずねた。




「つまりだな。エマニュエルは、大貴族の夫であるデルモス・イルグランとの結婚を解消する為に、わざと、いろいろな男を誘い込み、体をかさねて、自分のよからぬ噂を広めようとしたんだな?」

「……そうだ。夫と別れる方法として、彼女にはそんな方法しか思いつかなかったのだろう。実際、彼女の美貌は武器になる。エマニュエルの誘惑に打ち勝てる者などおらぬだろう。なにせ、女ですら虜にしてしまうのだから……」

「で、メディアベル……お前さんも彼女と枕を共にした、その大勢の男どもの一人だったってわけかい?」

「恥ずかしながら、そうだ。彼女は私のように小柄でひ弱な種族の者にでも、分け隔てなく接してくれたのだ」



 最初は単なる(たわむ)れのつもりが、メディアベルは次第に本気でエマニュエルを愛することになる。こともあろうに自分が仕える領主の妻である彼女を。

 しかし、メディアベルにはまだ理性が残っていた。エマニュエルの事を忘れようと懸命に努力するが、うまくいかない。メディアベルは、小さく咳払いをして再び、話す。




「……彼女と引き離され嫉妬に狂うくらいならばいっそ死のうとも思った。しかし、ある時、彼女に告げられたのだ。“あなたの子を身ごもった”と。私は混乱した。取り乱し狼狽し、もはや何を考えるのも苦痛だった。だというのに……私の頭に浮かんでくるのはエマニュエルの事ばかり。そんな時、ふと魔が差したのだ。“不死人”になればすべての欲情や煩悩から解放され、穏やかな心で日々を過ごすことができる。そうおもってしまったのだ」

「……まさか、お前さんは、自ら望んで不死人に?」

「……そうだ。私はエマニュエルにある約束を迫られたのだ。エマニュエルは私にこう言った。“私を忘れるのは構わない、私と子供の前から去るのも構わない。でも、せめて私とこの子が生きている限りは決して死なないで“と……だから、私は”マアトの天秤“に自分の心臓をささげ不死人となり、それをエマニュエルに託したのだ。心臓が動いているうちは私が生きている証となる……そして、嫉妬からも解放される」




 そして、エマニュエルは死んじまった。自分が死んだ後に“マアトの天秤”をペセタル・イルグランに送った。この行動の意味が、いまはっきりと浮かび上がる。


 ペセタル・イルグランは、確かに、エマニュエルとメディアベルの間に生まれた子なのだろう。


 だとすると、現領主であるペセタル・イルグランと、先代領主のデルモス・イルグランとは血のつながりがないという事になる。さらに、ペセタル・イルグランはフェイヨン族と人間族の混血種(ハーフブリード)という事か。なんとも、数奇な運命を背負った男だ。


 しかし、妙だ。俺は一つの疑問をメディアベルにぶつける。



「……でもよ、変じゃねぇか? エマニュエルが、いろいろな男を連れ込んで、“すること”をしてたんなら、親の素性が分からねぇようなガキがポンポン生まれるはずだろ。それなのに、エマニュエルが身ごもったのはただ一人。お前さんの息子だけだ……エマニュエルが本当に、無数の男と寝ていたとは思えねぇな」



 はじめて。メディアベルの表情にくもりが見えた。メディアベルが口を開こうと、すっと顔を上げた時。後ろから、誰かのこえ。俺達は皆、いっせいに部屋の入り口に目をやった。そこには二人の男。


 一人は瘦せ身でスラリとしたマントの男。そしてもう一人は、真っ黒のフードを頭から目深にかぶった大柄な男。


 俺は久々の再開につぶやいた。



「よぉ、“配達屋”のあんちゃんと、ペセタル・イルグラン様……俺に仕事を依頼しておいて、ノコノコと姿を現すとはな」




 ペセタルは、隣にいる護衛らしき男の制止をおさえて、ずいと前に進み出てきた。フードを頭からかぶったまんま。一歩、一歩、重い足取りで埃まみれの床をぎぃっ、ぎぃっ、と踏みつける。


 鍛冶屋のラプスが目を大きく見開いて「ペセタル様……」と驚きの表情を見せる。ペセタルは俺たちの事はまるで目に入らないようだった。俺達はペセタルのただならぬ雰囲気に圧倒されて、自然と道を開けた。


 ペセタルは一言も発さずに、メディアベルの前に立つ。すると、ローブの下から右腕をすっと胸元にあげる。そして震える声でつぶやいた。



「……お前が……わたくしの……父、だと……ふざけるなっ!!」



 ペセタルの右手のひらから真っ黒の剣がズルリと抜け出る。ペセタルはその暗黒の剣を握りしめ真横に一振り。メディアベルの首筋に浴びせた。俺達が割って入る間もなく。子による親への処刑は、ほんの一瞬しにて、成された。


 メディアベルの首がペセタルの足元に転がり、続いてその小さな体も力なく崩れ落ちた。まるで時間が止まってしまったように、俺達は、ただ目の前の出来事を後ろから見ているだけだった。部屋中の空気が、舞い散る埃が、その時ばかりは静止していた。




 次に、誰かの、叫び声。




 ペセタルの声だ。ペセタルは悲鳴を上げると、自らの頭を抱えて後ろに倒れ込んだ。誰よりも早く駆け付けたのは、ペセタルの護衛であろう細身の男。男はペセタルの大きな体を両手で支えて、すっと抱き寄せるとゆっくりと床に寝かせた。



「……ムリもない」




 その時、メディアベルの声が響いた。俺達が声のほうに顔を向けると、首と胴体が切り離されたはずのメディアベルは、元の姿でさっきの場所に立っていた。一体、何が起きてんだ。頭が追いつかねぇんだが。俺が思わず




「……え? メディアベル……お、お前さん、今、首を切り落とされたよな?」



 というと。メディアベルは何の抑揚もない声で答えた。



「私は、不死人だ。首を切られたところで……何の意味もない」

「……そ、そうだったか。そう、だな。不死人だものな……」




 メディアベルは気を失ったペセタルを見下ろすと、それを支えていた護衛の男に言った。




「……この子を、どこかに寝かせてやってくれないか」




 男は小さくうなずいた。


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