表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/432

呪いとは救い



「ひどい話!」



 キャンディは吐き捨てるようにつぶやいた。

 そしてぴょんと跳ねて寝台に飛び乗ると本物の”リゼ”の隣に座り込んだ。そして見上げる。



「ねぇ、ミカエルってのが最低な父親っていうのはわかったわ。アタシだったらぶん殴ってやるんだけどね。でもさっ、他の家族はどうしてなにもしないのよ。お母さんやほかの兄弟もいるんでしょ?」

「だって、父には逆らえない。すべての事は家長である父が決めるのよ。私たちは、ただそれに従うだけ……もしも反抗すれば、私のように切り捨てられるだけよ」

「もう! 聞いてるだけで、いらいらする! そのクソオヤジ! 今度会ったら、アタシがぶっ飛ばしてあげるわ!」



 ふと、リゼが小さく首をかたむけた。



「今度会ったら……? あなた達、お父様と会ったことがあるの……?」

「ええ。あの痩せっぽちの意地悪そうな目をした男でしょ?」

「そうね……もう、そこまでわかっているのね……」



 リゼはどこか妙に口ごもった。かすかな沈黙。


 それにしても。

 作り話にしては細かいところまでよく練られた話だ。それなりにつじつまは合う。

 しかし、なによりもランカが彼女目当てにここに通っているというのがある種の証拠ともいえるか。だからと言って、彼女は今回の呪いをかけた張本人だ。

 全部を額面どおり素直に信じるというわけにもいくまい。


 俺は聞いてみた。



「一通り、話はわかったが……ランカは、君とどういう関係なんだ?」



 リゼはこちらに視線をよこして、ひとつひとつの言葉を絞り出す。



「……ランカは、盗賊に襲われたときの私の護衛だったの……」

「え?」

「彼はあの時、私を守れなかったことで罪の意識にさいなまれている。いまでも過去に囚われている」

「なるほど……ところで、あの指輪に込められた”呪いの意味”はなんだ。なぜ若い女を狙う必要がある」

「だって……」




 リゼの声が、一段低くなったような気がした。何かを一枚、めくったような。




「だって……憎いに決まってるじゃない。あなたにわかる? あの頃の美しい私……絹のように白くすきっとおった肌、陽を浴びた時に雲のように光る金の髪はもうない……私はもう女としては生きられない」

「そ、そんなことは……」



 俺は言葉に窮する。おべっかを使ったって仕方がない。地獄のような日々を過ごしているのは今目の前にいるリゼ本人。彼女が一番そのつらさを身をもって体験しているのだ。

 中途半端な慰めなど何の役にも立たない。


 リゼの口調は、さっきよりも、さらに暗さを帯びていく。口調もどこか投げやりになる。




「ねぇ……こんな醜い女を一体誰が愛してくれるというの? デコボコで焼けただれた顔、腐った目玉、全身から抜け落ちた毛……」



 リゼの声が不安定に揺れはじめる。



「……そうだわ……こんな私を気にかけてくれる人はひとり。私にはもうランカしかいない」

「ランカと君は……恋仲なのか?」

「いいえ、違うわ。ランカはただ自分の罪を償いたいだけ……でも彼は、それを愛と勘違いしているの。ここにくるのは私への懺悔の為だけ……私は女が憎い。若さを誇り、美しさを誇り、女だという理由だけで男たちから愛される”あいつら”が憎い。だからあのニセモノの私に呪いをかけて、ルルコット家とステインバード家にかかわる女を全員皆殺しにさせるの」

「女を全員、皆殺し……?」

「そう、これが私の呪い……これで、すべて話したわ。でもね、もう遅い」




 リゼは突然寝台の上に立ち上がり、ヒステリックな声で笑い始めた。

 黄色い悲鳴のような笑い声が牢の石壁に跳ね返る。まるで豹変した彼女。隣に座るキャンデイは彼女を見上げたまま、おびえたようにじっと動かない。



 リゼの声は石壁に反響し、まるで何人もの女が耳のそばで笑っているように聞こえる。


 俺はリゼを見上げる。なんだ、何がもうおそいんだ。


 すると、ふいにリゼは仮面を脱ぎ捨てた。次にローブもがばりと脱ぎ捨て手袋もはがす。

 全身にミミズが這いまわっているようなやけどの痕。うらみに満ちた女のかなしき裸体。


 リゼは腐った乳房を揺らして、心底おかしそうに話す。



「ねぇぇ、知ってるぅ? 今日は”私の”結婚相手マルコの生誕祭。今ごろは、お城で盛大なパーティが開かれているの。あはははは。あそこにはルルコット家の女も、ステインバード家の女も、み~んなそろってる。卑しく着飾った女どもがうようよといる。でも今頃みんな死んでるかしら」



「……ま、まさか」



「この私の姿を見てあざわらった奴らはみんな死んじゃえばいいの。みんな殺して、燃やしてやるのよ。私にとってこの呪いこそが救いなの。私があいつらを罰してやるの」




 ニセモノのリゼを城に連れ帰らせたのは、今日という日に城でのパーティに参加させるためか。

 だが、ニセモノのリゼは城のどこかに閉じ込められているはず。

 手引きする人間などいないはず。

 いやちがう。




「……ランカ……ランカが城に向かっているのか……?」



 そして城でニセモノのリゼに剣を渡し、呪いを解き放ちパーティ会場に放り込むことでこの呪いは成就する。


 文字通り女たちを皆殺しにする呪法の完成だ。

 俺はキャンデイを手でつかみ取りポケットに戻すと、急いで牢から出る。



「キャンディ! 城へ急ぐぞ!」






……さてさて、次回はいったんランカの視点に移ります。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ