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仕事の依頼主 ペセタル・イルグランのこころ ⑥



 森の茂みの陰で一夜を明かす。


 目覚ましがわりの鳥のさえずり。眠りから覚めると、私たちは早速ウル達一行の後をつけていく。峠を越え山道をくだりはじめたあたりから、朝もやが薄れはじめる。足元から先、視界を埋め尽くすのは壮大な渓谷だった。


 私たちはゴツゴツとした岩場を進む。滑り落ちてしまわないよう、足の裏側の感覚を研ぎ澄ませながら、私は、おもわず誰に話すともなくつぶやいた。




「……こんな谷底に、なぜ集落などをつくったのだ……たどり着くだけで一苦労ではないか……」




 私とネリギュルは岩場をくだりきって、ようやく平地に降り立った。来た道を改めて見上げるとまるで壁だ。よくこんなところを下りてきたものだ。私の頭にいやな予感がよぎる。この見上げる崖はもうじき“帰り道”になるのだ。帰りは、この崖をまた登っていくという事なのだ。しかし、冗談ではない。


 前に視線を戻すと、腰に手を当てのんきな顔で水筒の水を飲んでいるネリギュルがいる。私は、なんだかいじらしくなり聞いてみた。




「ネリギュル。風の紋章師ならばなにかこう……もっと便利な風の魔術はないのか?」

「と……いいますと?」

「この崖をいっぺんに超えるような風の魔術はないのかという事だよ」

「……あるにはありますが。その魔術は私一人しか運べませぬ。ペセタル様を置いて行ってもいいのであれば、私はとっくにその魔術を使っていますよ」

「却下だ」




 平地を歩いていくとほどなく、再び木々しげる薄闇の中に入り込む。そして、ついに集落にたどり着いた。


 朽ちて歯抜けになった木の柵(?)らしきものを、のり越えて中に足を踏み入れる。不揃いの木を重ねただけの傾いた家々。湿っぽく生臭いニオイ。そこ、ここに、座り込んでうつむいた不死人たち。この集落自体が無気力に支配されている。


 ふと、立ち止まったネリギュルがこちらに顔をむけて話す。




「ペセタル様、私がウル達一行の動向を探ってきます。その間、ペセタル様はこのあたりに身を潜めておいてください」

「わかった……しかし、不死人たちというのは思いのほか、おとなしいのだな。襲いかかってくるというような噂も聞くが……」

「私が思うに……“不死人”と“屍鬼(しき)”が混同され、間違った認識がひろがっているのではないかと思います。不死人というのは呪われて“死ぬことのできなくなった存在”です。そして、屍鬼というのは“すでに死んでいる存在”なのです。正反対ともいえる存在なのですが、見た感じが似ているせいなのか、なぜか両者は混同されがちです」

「……ん、という事はこのあたりに屍鬼がいるという事なのか?」

「ええ。不死人の集落の噂話のひとつに、死霊の紋章師がどこかに住み着いているという話があります。その死霊の紋章師があやつる屍鬼どもが、このあたりを通る旅人に襲いかかっているのかもしれません」



 ネリギュルはそういうと、その場からすっと離れた。私は、しばらく近くにある苔むした小屋の陰に身を潜めてネリギュルを待つことにした。枯草に腰を下ろして、ふと視線を上げる。少しずつ霧が晴れてきているようだ。その時、急に昔の記憶がよみがえる。


 なんだか、ここ数日、やけに昔の記憶が顔を出すのだ。





 私が物心ついた時。


 すでに母はおらず。義理の父であるデルモス・イルグランに育てられた。もちろん、当時の私はデルモスの事を実の父親だと思っていたのだが。しかし子供ながらに随分と年老いた父親だとは感じていた。


 デルモスは私の事を、とても愛してくれていたとはおもう。しかし、私がある程度の年齢になった時、徐々に私の周囲にいる連中の戸惑いが見え始めた。


 それはイルグラン家に仕えるメイドや侍従に始まり、執事、剣術指南の教師、魔術の知識を教えてくれる家庭教師たち。そして親族に至るまで、皆の態度が奇妙によそよそしくなったのだ。


 私の中での違和感が膨らみ、ある限界に達したころ。私は父であるデルモスにその周囲の者たちの態度について打ち明けた。デルモスは最初、戸惑ったが、なにかを考え抜いたあげくにこういった。


“ペセタル。お前は美しすぎる。お前は、母親に似すぎているのだ。大きくなるにつれ、そっくりになってきた。だから、彼らは皆、お前の事が恐ろしいのかもしれぬ。お前の母親がお前という存在を借りて、自分たちに復讐をしに来たと感じているのかもしれぬ”と。



 その時に、私は初めて実母のエマニュエルなる者の存在を知った。その不憫な身の上も。大貴族と旅芸人の舞踊家の格差婚だ。色々とひどい仕打ちを受けたであろう事は容易に想像がつく。


 そして、デルモスが実の父ではないこともその時知ったのだ。私はたずねた、私の実母エマニュエルはそれほどに自分と似ているのか、と。その時、デルモスはこう言った。“瓜二つだ。いずれ、お前の美貌はエマニュエルと同じく凶器になるだろう。他人を狂わせ、嫉妬に導く魔性になるかもしれぬ”と。


 だから私は自分の姿を偽った。


 折よくといえばいいのか、私は闇の紋章を授かり、闇の魔術を扱えるようになっていた。その闇の魔術には自分の姿かたちを見えなくする”変化術”があった。だから私は、その変化術を使い、肥え太った男の姿で過ごすことにした。


 いまもなお、ずっと。本当の自分の姿を隠しているのだ。実母エマニュエルに瓜二つだという、本当の自分の姿を隠して生きている。





「……自分を隠して生きている。それは本当に生きているといえるだろうか。わたくしは、ここにいる不死人と同じなのかもしれない。自分を失い、ただ、息をするだけの存在……」




 ガサリ、という草を踏む音で我に返る。


 小屋の壁向こうからネリギュルが顔を出し、小さく手招きをした。私は急いで腰を上げて、ネリギュルに続いた。集落の中を進みながら説明を続けるネリギュル。その話によると、ウル達一行は集落を抜けてさらに谷の奥へと進んでいるようだ。



 不死人の集落を抜け、さらに進んだところに薄霧に包まれた幽霊屋敷が現れる。


 見上げながら、私は感じた。ここが、この旅の終着点のような気がする。私の過去を巡るこの旅の最後が、幽霊屋敷とは。


 私とネリギュルは足音を忍ばせて、屋敷を目指した。








 さて、ここでペセタルの視点はおわりです・・・・。




 次回からは主人公ウルの視点へと・・・・。



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