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仕事の依頼主 ペセタル・イルグランのこころ ①




さて、ここでいったん視点は主人公ウルからはなれます。



時間は少しだけ巻き戻り・・・・



七貴族のひとり、イルグラン家領主である



ペセタル・イルグランの視点へとうつります・・・。










 ここは宮廷内にある北の迎賓(げいひん)宮殿。


 七貴族の代表者と、その親族のみが使用を許される最高級の客室だ。朝、私は、慣れない寝台に横たわる。豪華な天蓋をしたからぼんやりと見上げながら、ある男の報告を待っていた。その時、寝室の扉の向こうに気配がする。私は顔を上げて入るよう命じた。


 ノックもなく、声もなく。扉の隙間からするりと入り込んできたのは、“配達屋”の細身の男。私の右腕である“風の紋章師”ネリギュル。この男、唯一、私の本来の姿を知る者だ。


 私は早速、ネリギュルに聞いた。




「ネリギュル。お前がここに来たという事は、マアトの天秤をウル殿(どの)へ運び終えたという事でよいのだな?」

「はい、いましがた、あの男がいる宿に出向き直接手渡しました。ペセタル様のお手紙とともに」

「お前、愛想はよくしたか?」

「……いえ。そもそも、最初から最後まで、口を開いておりませぬ」

「ふっ……なるほど。ご苦労だったな、では下がってよいぞ」




 ネリギュルは扉の前でうつむいたまま立ち尽くす。一体なんだ、(わずら)わしい。




「どうした、他に何かあるのか?」

「……ペセタル様。あの呪いの紋章師にマアトの天秤の呪いを解かせるのですか?」

「それがどうかしたか。正直どうでもいい事だ」

「しかし、あのマアトの天秤の呪いは、不死の呪いです。その呪いを解けば……」

「わかっておる。不死の呪いにかかったものは、その呪いが解かれた瞬間に、(はい)と化し一瞬にして崩れ落ちる」

「呪いを解く前に……せめて、いちど、会われてみては」




 私はネリギュルをにらみつけた。




「ネリギュル、お前には関係のない事だ」

「……失礼しました。それでは、私は先にイルグラン領へ戻っております」




 そういうとネリギュルは扉の向こうにすうっと消えた。私は再び頭を横たえる。珍しい。ネリギュルが私にあのようなぶしつけな進言をしてくるとは。私はふと思い返す。マアトの天秤に乗っていたあの小さく揺れる赤い心臓。トクトクとかすかに脈うっていたあの心臓は小妖精(フェイヨン)族の心臓。それは、つまり。




 コンコン、という乾いたノックの音が私のまどろみの時間を引き裂いた。もう朝食の時間か。朝食の後、また八頭会議に出ねばならぬ。しかし、八頭会議ももう終盤。今日、明日くらいにはすべての話し合いは終わるだろう。


 私は寝台からのそりと起き上がると身支度の準備に入った。






 七貴族と一王が集う八頭会議。


 今日の午前の部が終わる。


 王都、最深部、宮廷紋章調査局にある五層の塔で行われるのが恒例となっている。古びた木組みの五層の塔、あちこちシミだらけの木でできた古い塔だ。塔の最上階、ベランダで涼む七貴族の代表のひとり、アッサム・べリントンの背中を見つけて、私は声をかけた。


 精悍な立ち。現王、アルグレイ・べリントンと瓜二つといってもいいほどだが、当の本人はそれをいうと嫌がる。私は隣にならぶ。珍しくアッサムのほうから口を開いた。すまなそうな表情で。




「先日はお騒がせして失礼した。私の個人的な事情で迷惑をかけてしまいました」

「あぁ、息子様が宮殿を抜け出した件ですね。わたくしは別になんとも……ただ、アッサム殿を目の(かたき)にしている、マヌル家のシークリー殿にはご注意を。なにかとあなたの上げ足をとろうと虎視眈々と機会を狙っております」

「……のようですね。しかし、八頭会議もおそらく今日か明日中には終わるでしょう」

「さようですね。あらかたの議題は話し終えましたし。もうじきお別れというのも名残惜しいですが」

「正直に申し上げると。私は七貴族の代表のうちで、ペセタル殿が一番話しやすいのです」

「ほっほっほ。これはまたお上手なことで。次回の八頭会議はまた随分と先になりますが……それ以外でもお会いできる機会があればよいですね」

「そうですね……おっと、私の苦手な方があらわれました、ここはいったん退散します」




 私がちらとアッサムの視線を追った先、険しい顔のシークリーが睨むような目つきでこちらを見ていた。私は気づかぬふりをして、ベランダの外に目をやった。さて、八頭会議が終われば、再びイルグラン領へと帰らねばならぬ。


 しかし。朝からずっと、私のこころの隅っこに、ネリギュルの言葉が引っかかっていた。



“ ……呪いを解く前に、せめて一度会われてみては…… ”



 その言葉は、午後の八頭会議が終わった後も、ずっとずっと私のこころをチクチクと刺していた。


 そして、二日後、八頭会議が終わったあと、その言葉が私をついにつき動かした。



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