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森の番犬、魔獣ガルム



 不死人の女、イルーネから話を聞いた後。


 俺たちは再び何人かの不死人に話を聞いてみたものの、ついぞ手がかりは得られなかった。集落の小屋という小屋を一軒一軒あたってみるが、フェイヨン族らしき不死人も見つからない。

 

 それぞれの不死人はそれぞれの呪いをうけて不死人になったようで、なにかこれといった共通点があるわけでもなさそうだったのだ。


 しかし、多くの不死人がみな口をそろえて言う事が一つあった。話の最後に、みなこう言うのだ。“不死人になったことをきっかけに平穏な心を手に入れた”と。”永遠の命と引き換えに、永遠の平穏を手に入れた”と。







 俺は集落のはずれの小屋で、年老いた男の不死人から話を聞き終える。立ち上がって外に出ると、まっていたラプスがため息交じりに俺に話しかけてきた。



「ふぅ……終わったか。どうじゃ、なにか手がかりになりそうな話は聞けたかいのう?」

「いんや、ダメだな、こりゃ……」

「そうか。この集落はこの小屋が最後のようじゃが。もう少し奥へ行けばまだ何かあるかもしれんぞ」




 ラプスはそういうと先を指さす。白いもやのかかった森。奇妙にねじれた木々が枝をあちこちに伸ばして視界をさえぎる。しかし、これ以上奥に行くと、この谷底で一晩を明かさなくてはいけなくなりそうだが。俺は、ラプスの隣に静かに立っていたリラに聞いた。




「リラ、大丈夫か?」

「え? うん、私は大丈夫だよ。ウル、あんまり私の事ばかり心配しないで」

「そうは言ってもよ。俺一人きりだったら、どこでのたれ死んでもいいんだが。お前をそんな目にあわせるわけにはいかねぇんだよ」

「心配してくれてありがと。でも大丈夫だから」



 そのやり取りをそばで眺めていたラプスが口をはさんだ。



「ウル、オマエ、リラを随分とお姫様扱いしよるが、この娘は立派な戦士じゃぞ。今朝ワシと一緒に昆虫種の討伐にいったが、その姿は立派な紋章師じゃった。下手をすればオマエよりも強いかもしれんぞい。きっと、大丈夫じゃろうて」



 う、図星。でもね、そういう事じゃァないんだよ。とりあえず、俺はラプスの言葉に背中を押されて、さらに森の奥に進むことに決めた。












 再びラプスの先導をたよりに俺たちは荒れ果てた森の中を進んでいく。折れた木々をよけて、しなびた茂みを抜けていく。道らしい道もない。ざりざりと、俺たちが地を踏む足音だけが耳障りにひびく。


 その音は俺の心をかき乱す。俺はなんだか少し不安になりラプスに確認する。




「お、おい。ラプスのオヤジ。本当に帰り道のほうは大丈夫なんだよな?」

「同じことを何度も聞くな。さっきも言ったじゃろうが。ワシら土小人(ドワーフ)族の方向感覚はオマエ達人間族とは一味違う。この程度の森では迷いはせんのじゃよ」

「本当だな。だったらいいんだが……もはやどこを見ても同じ景色にしかみえねぇ。俺ひとりじゃ、さっきの集落に戻れる自信は全くないぞ」

「なんじゃ、オマエ。一人で帰る気なのか?」

「い、いや、そういう意味じゃねぇけどよ」

「だったら、少しは黙っておれ。リラのほうがよっぽど勇敢じゃぞ」

「う、うるせい。どうせ俺はビビりだよっ」






 そんな事を話していた矢先。先頭のラプスがふいに右手を後ろにかざした。止まれの合図。俺とリラはぴたりとそのままの体勢でかたまった。ラプスが肩越しに小さく伝える。



「……何かおるようじゃ。あれは……森の番犬(ガルム)、大きいぞ……」

「……が、ガルムだってぇ? ……めちゃくちゃ凶暴な魔獣じゃねぇか……」

「しかしのう、さっきから気になっておったんじゃが、足元をみろ、道がある」

「……だよな、しばらく前から、けもの道のような……踏みしだかれた跡がずっと奥に続いている……この奥に何かあるのかもしれねぇ」

「だが、奥へ進むには、あのガルムを何とかせにゃならんぞい」

「脇道へそれるか……」

「……もう遅い! 気づかれたっ!!」




 一瞬、何が起きたのかわからなかった。俺の体は、全身がびりびりと震えて金縛りにあったように動けなくなった。見るとリラも同じようにうつむいて動きを止めている。


 それがガルムの咆哮(ほうこう)のせいだと気がついた時には、俺たちの目の前、すでに赤黒い毛をなびかせた巨大な狼が迫っていた。


 ラプスが抵抗するように、雄たけびを上げた。そして、ガルムに飛びかかる。


 ラプスは、背中のハンマーを素早く右手に抜き取り、一線、真横になぎ払う。光るハンマーは見事、ガルムのあごを打ち抜いた。ガルムは体勢を崩して大きくのけぞる。それもつかの間、すぐに踏ん張り、ラプスを睨みつけて、牙をむいた。



 その大きな口がラプスの体に噛みつく。俺のすぐ前にいたリラが左手を大きく上に呪文を唱えた。すると、ガルムの口はラプスの鎧をかみ砕く寸前でぐっと動きを止めた。緊縛術か。ラプスはその機をのがさず、素早く後方に飛びのいた。


 俺は、背中の荷袋から急いで呪具『(めしい)の邪眼』がはいった小瓶を取り出すと、呪詞(のりと)を唱えた。瓶の中に浮かぶ血走った邪眼がぎょろりとガルムをにらみつけた。瞬間、ガルムの視力を奪う。




「でかい死のオオカミめ! 暗闇に落ちやがれ!!」




 ガルムは急に弱々しい鳴き声を上げた。なにかを振り払うように頭を左右にふりかぶる。次第に、狂ったように大地や周りの木に顔をこすりつけてぎゃんぎゃんと鳴きわめいた。そして、あちこちの木々に頭を打ち付けながら、どこかへと逃げ去っていった。


 俺たちは走り寄り、互いの無事を確認した。どうやら誰にもけがはない。俺達は気を取り直して、歩き出す。


 そして、その先に見つけた。霧の奥にひっそりと佇む、苔むした石造りの建物を。ラプスが目を細めてつぶやく。




「まるで……幽霊屋敷じゃ。こんな谷の奥深く、一体誰がいるのやら……」




 俺たちは屋敷に向かった。


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