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不死人のイルーネ



 まるで沈黙が落とされた言葉のない集落。


 薄い霧がまぶされたボロ屋が点々とならび、道端にはやせ細った不死人たちが着の身着のままで座り込んでいる。みな、うなだれて、一様に無気力という化け物の手で頭を下向きに押さえつけられているようだ。


 時々、ぎょろりとした目を俺たちに向ける奴もいるが、興味がなさそうに、すぐに顔をそむけてしまう。


 ただひとつ安心できることがある。それは、連中は襲いかかってくるというような気配はないということだ。気配がないというよりも、襲いかかってくるほどの気力もないといったほうがイイ。


 俺達は不死人たちを眺めながら集落を奥へ奥へと進んでいく。別に行くあてがあるわけじゃないが、ひとまず下調べというところだ。



 ほどなく行ったところで、小さな木造の空き家をみつけて、俺たちは中に入り込んだ。ぎしぎしときしむ床を踏みつけて、俺たちは小さくあつまり互いの顔を見合わせた。一息ついて、ラプスが口を開く。




「ふうむ……なんだか噂ではとても危険な集落だと聞いていたのじゃが……そうでもなさそうじゃな」

「ま、襲ってきそうな雰囲気ではないが、不気味な場所であることに変わりはない。とっととズラかりたいところだが、さて、どうするか……」

「オマエたち、この不死人の集落で何を調べるつもりなんじゃ?」

「ある心臓の持ち主さ。その心臓は俺の調べでは小妖精(フェイヨン)族の心臓なんだ。この不死人の集落の中にフェイヨン族がいないか調べたい」

「フェイヨン族? ここまで来るあいだに見かけた不死人の中には、フェイヨン族の特徴を持ったものは、いなかった気がするが」




 リラが俺を見上げて、小さくたずねてきた。




「ねぇ、ウル、フェイヨン族の特徴ってどういうものなの?」

「小柄で、背中にカゲロウのような小さな羽根が生えている種族さ。お、そうだな……ちょうどこラプスのオヤジをかわいくして、背中に羽根をつけた感じだ」 



 ラプスは目を細めて恨めしそうに俺を睨んだ。リラが続ける。




「なるほど……それと、私ね、気がついたんだけど。不死人たちに少し違いがあるの」

「違い? 確かに人間族やオーク族、それ以外にも異種族がまじりあってはいるが……」

「ううん。種族じゃなくて、服装よ」

「服装か。正直、俺はそこまで見てなかったが……何か気になる事でもあるのか?」




 リラの言う服装の違い。それは、比較的新しい格好をしている奴もいれば、あちこち破けてほぼ裸みたいなやつもいるという事だった。リラの話に賛同したラプスがつぶやく。




「ふむ。ワシも思っていたところじゃ。つまり服装から判断するに、かなり古くからここにいる不死人と、比較的最近この集落にたどり着いた不死人がいるという事じゃ。もちろん着替えているという事も考えられなくはないが……連中の様子を見る限り衣類に興味があるとも思えんのじゃよ」

「なるほど。じゃ、もしもあの不死人どもと意思疎通ができるのならば、新しい奴のほうにあたったほうがいいってことか」

「そうじゃ。何百年もここにたむろしている連中はすでに、会話などできないくらい心が(むしば)まれているじゃろうからな。こんなところに何百年も、と考えると、なんとも残酷な話じゃが……」




 不死人の中でも話ができそうなやつを探す。ひとまずはこれでいこう。


 道案内役として同行してくれたラプスだったが、ここまで来ると最後まで付き合う、と俺たちを手伝ってくれることになった。俺とリラ、そしてラプス。俺達は二手に分かれて“新しい不死人”を探すことにした。



 空き家を出てから、俺とリラは何人かのめぼしい不死人に話しかけてみたが、皆反応はなかった。ただ俺たちの声は聞こえているようで視線はこちらに向けるものの、まるでガラス細工のように透き通った目からは精気を感じなかった。その目はどこか純粋といえるほどに澄んでいる。なんだかまるで赤ん坊の目のような。そんな不思議な感覚に襲われた。

 







 5人目の不死人が不発に終わり、俺とリラは、いったんさっきの空き家に戻った。ラプスはまだ帰ってきてはいないようだ。部屋の奥に入りこんで壁際に腰を下ろす。らちが明かねぇ。ここにあの心臓の持ち主がいるって確証もないし。どうすんべかな。俺が考え込んでいると隣に座るリラが口を開いた。




「ねぇ、ウル……この集落で、もしも何百年も座り込んだままで過ごしている人がいるのならば、その人はいったいどんな気持ちなんだろうね……私それを想像すると、少し怖くなっちゃった」

「そうだな……俺はできる限りぽっくりあの世にいきたい派だからな、でも……あ」




 俺は言葉を飲みこんだ。今隣に座るリラは、千年前に滅んだとされる、ダークエルフ族の生き残り。その魂は、一時期ぬいぐるみに封じられていた。そのぬいぐるみの中でリラは千年生き続けていたはずなのだ。しかし、今はその時の記憶は消され、俺と出会った頃からの思いでしかないはずだが。


 リラが本当はどこまで覚えているのか、誰も知らない。それはリラにしかわからない。




 その時、入口から、ぎぃ、と足音。俺達が顔をあげるとラプスがこちらに目をやり告げた。




「おお、もどっておったか。いたぞ、話ができそうな不死人が」




 俺とリラは顔を見合わせてほぼ同時に立ち上がった。そして急いでラプスについていく。



 


 ラプスは集落の端っこの小屋に俺たちを案内する。ありあわせの木の板を組み合わせたような粗末な小屋の中に入ると、奥の床に女が座りこんでいた。髪は前に乱れて、まるでだれかに謝るような格好でひざまずいている。俺達3人は女のそばによると、しゃがみこんだ。俺に向かってラプスが小さくうなずく。俺は女に話しかけた。




「突然、お前さんの家に上がり込んですまないが。俺の声が聞こえるかい?」

「ああ……しっかりと聞こえているよ。男だね」




 なんだか押しつぶされたような声が、うなだれた頭の向こうから聞こえてくる。女はこちらを見ないまま床に向かって声を上げる。




「……今日は、お客さんが多いねぇ……こんなアタイに会いに来る人がいるだなんて。不思議な日もあるもんだよ」

「聞きたいんだが、ここにフェイヨン族の不死人はいねぇか?」

「ああ、フェイヨン族ていうと、あの弱っちいちっちゃな生き物かい」

「そうだ。俺達はそいつに用があるんだ」

「フェイヨン族……不思議な連中だよねぇ……飛べない羽根を持つ種族……何のための背中の羽だろうねぇ、あれは」




 はぁ。要領を得ないな。俺の質問の仕方がまずいのだろうか。その時リラが俺の横から女に問いかけた。



「ね、あなたの名前は?」

「あら、今度は女の声だねぇ、アタイの名前は、イルーネさ」

「イルーネは、どこからきたの?」

「アタイはここからずぅっと北の町さ。ちょうどお隣のマヌル家の領地との境目くらいかねぇ」

「そうなのね、どうしてここに?」




 イルーネは押しつぶれた声で語りだした。




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