不死人の集落へ
鼻から吸い込んだつめたい空気につんとして、身震いする。
薄く目を開く。顔だけ起こしてぐるりと視界を見渡すと、朝もやのかかった森の中にいる。ふと真横を見ると、昨晩からの焚火はいまだ煌々と揺らめいていた。ラプスのおやじの奴、火が消えないように、一晩中ずっと薪の継ぎ足しをしてくれていたのだろうか。
俺は上半身をおこして岩陰の中を見渡すが、ラプスの姿もリラの姿も見えなかった。喉の奥から、ぐっとあくびが出る。
「ふあぁ~……、げふっ、じいさんと子供は、はやおきだなぁ……」
その時「おきたか」としわがれ声が耳に入る。俺が声のほうに目をやると、朝もやの中、ラプスとリラがこちらに向かって歩いてくるところが見えた。ラプスの手には何やら大きな麻袋が握られている。俺はゆっくりと立ちあがりラプスにたずねた。
「よう。おはよう、お二人さん。どこかに行ってたのかい?」
「ああ、ワシのお目当ての昆虫種、鋼硬瓢箪虫の討伐にいっていたんじゃ。もうすんだぞい。オマエが寝ている間にな」
「へぇ、そりゃよかった……ていうか、リラも討伐に?」
「そうじゃよ。いやぁ、それにしても……リラはすごい娘じゃな」
「え? そ、そうだろう」
言葉の真意をはかりかねる。俺はリラにちらりと目をやった。まさか、リラの奴、俺のいないところで思う存分魔術をぶっぱなしまくっていやがるのか。いや、しかし。
俺はふと、この前に遭遇した盗賊との戦闘を思い返す。
リラが色んな魔術に詳しいのは確かだが、この前の感じでは、あまり魔力量が多いという事でもなさそうだった。盗賊に矢を射かけられた大馬に治癒術を数回かけただけで、気を失っちまったからな。そんなに連続して魔術が使えるという風には思えない。
リラはそんなことを考えていた俺の視線に気がついたのか、いたずらっぽく笑った。ま、いいか。ラプスのオヤジがリラの事をあちこちでしゃべるとも思えないし。俺はラプスに詫びた。
「すまないな、ラプスのおやじ。昆虫種の討伐を手助けするというのが条件だったのに、おればかり寝ちまっててよ」
「いや。いいんじゃよ。なんせ、リラが手伝ってくれたから十分じゃよ。さて、ここからはワシは道案内に徹することにしよう。不死人の谷の集落はこのすぐ先の峠を越えたところ。谷の奥じゃ。峠の向こうからは、崖が続く。かなり道が悪くなるから注意するんじゃぞ。落ちてしまえば不死人行きじゃ」
「ひえ、怖いこというなよ……俺、昨日の男みたいになるのは、ごめんだぜ」
「はっはっは、ワシもじゃよ」
なんだかラプスのオヤジは随分と気分がよさそうだ。お目当ての昆虫種をみつけられたせいか。というか、笑ったところを初めて見たな。一番最初に武具屋で会った時のしかめっ面よりもよっぽいどいいぜ。俺は荷づくりを始めた。
峠を越えた。ラプスの先導に続き、リラ、俺の順で険しい山道を下っていく。俺たちをつつむ周囲はがらりと姿を変えて、切り立った岩場になってくる。
装備品を新調していて正解だ。強度のあるこの小炎蜥蜴の皮手袋がないと、岩をつかむ手のひらが擦り切れちまっていたところだ。そのあたりも計算して、武具屋のズゥルーは俺たちの装備品を選んでくれたのだろうな。ほどなく岩場を下りて、なだらかな草場にたどりついた。木々の隙間のどこかから、水の流れる音がかすかに聞こえてくる。
ラプスが振り向いて俺たちに話しかける。
「さて、危険な崖路は終わりじゃが、このあたりからはもうすでに不死人たちの領域じゃ」
「……もう一度聞くが、不死人に出会ったら刺激しないようにしておけばいいんだよな?」
「そうじゃ。なにせ奴らは“倒せん”のじゃから。戦ったところでどうにもならん。腕がちぎれても足がちぎれても、顔がつぶれたところで、瞬く間に元通りじゃ。まるで時間が巻き戻るようにな」
「わかった。不死人に出会ったら、刺激しないように通り過ぎる。これだな」
「そうじゃ。それが最善じゃよ。そして、襲われそうになったら逃げるが勝ちじゃ」
かなり歩いている気がする。高い木々が覆いかぶさる森を進んでいくうちに視界にもやが、かかりはじめる。足もとから立ち込めるように、突然の霧に包まれた。すると突如、目の前に現れた集落。ボロボロの屋根に腐ったような木々が組み合わさった家々。なんだ、ここは。
俺は前を行くラプスに小声できいた。
「お、おい、ここが不死人の集落なのか?」
「さぁな……ワシも来たことがないからよくわからん」
「おいおい、マジかよ……でも、建物があるってことはここがそうなんだろうな」
「おそらくな。しかし、オマエたちここにきて何をどうするつもりじゃ、まさか不死人たちに話を聞いて回るってんじゃないだろうな」
「それができればいいんだが、そういう雰囲気でもなさそうだよな……」
「ま、やってみる価値はあるかもしれんのう。意外と普通にはなしができる連中かもしれん。とにかく、先にすすもうかな」
「わかった……」
俺たちは足を忍ばせて、霧煙る集落の中にはいりこんだ。ここが”不死人の集落”だ。ついにたどり着いちまった。