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不死人の谷の住人さん、こんばんは



 迫りくる魔獣どもをなんとか倒しつつ、俺たちはひとまず峠の頂上を目指した。


 途中で休憩をはさみ再び出発する。ふと来た道を振り返ると、木立の隙間から、かすんだ山が遠くにみえた。すでにそらは深いあい色。じきに森の中に闇が訪れる頃合いだ。少し先を歩いていたラプスの小さな背中が振り返り、枯れた声がひびいた。



「おうぃ、オマエたち。もうじきに夜だ。すぐ先に休める岩場があるからそこで夜を明かすぞ」



 俺とリラがラプスに追いつくと、言葉どおり。巨大な岩が積み木のように折り重なり、その下になだらかな平場がある。下から見上げると、今にも崩れそうな岩の天井だがどういうわけかうまい具合に岩が重なりその下に浅い洞穴ができている。


 俺達はそこにするりと潜り込むと木々を集めて暖を取る事にした。集めた薪にリラが手をかざすと一瞬で黄色い炎が揺らめいた。それを見ていたラプスが驚きの声を上げる。



「ひょ、お嬢ちゃん。いったい何種類の魔術を扱えるんじゃ。ワシも数々の紋章師を見てきたが……ここまで多くの種類の魔術を扱う紋章師は見たことがないわい」



 リラはいわゆる”紋章師”ではないのだが、そこはあえて黙っておく。俺たちは火を囲んで食事をしながらいろいろと話をした。互いの顔が赤、黄の炎に照らされぼんやり浮かぶ。ふと、リラが炎を挟んで前に座るラプスにたずねる。



「ラプスさん。そういえば、ここに討伐に来た昆虫種って……?」

「あぁ、その話かね。そうじゃな。ワシが今手に入れたいのは鋼硬瓢箪虫(カタゾウムシ)といってな、比較的小さい昆虫種なんじゃ。だから注意して探さにゃ見落としてしまう」 

「へぇ……なにかの武具につかうんですよね?」

「そうじゃ。今あたらしい籠手を製作中でね。カタゾウムシの背中を包む甲羅はとっても固い。それがぜひとも必要なんじゃよ」

「なるほど。私たちね、あのお店の商品を見ていた時、装飾がとてもきれいで驚いたんです。あの装飾もラプスさんが全部、元のかたを作っているんでしょ?」

「そうじゃ。実にうれしいことをいってくれるのぉ……オマエの名はリラ、じゃったかな。リラ、ワシはな、単なる味気ない装備品ではなく、カッコいい武器や防具を作りたいんじゃよ。皆があの装備品を身につけた人物をみてあこがれを持てるようにな。戦士たるものかっこよくナケりゃいかんのじゃ。あぁ、もちろん性能が第一というのは当然じゃぞ」




 俺の隣でリラは、うんうんとうなずいている。今度はリラに変わり、俺が聞いてみた。




「武具作製か……随分精が出るねぇ。ラプスのおやじ、お前さんが鍛冶師になるきっかけになるような出来事があったのかい?」

「きっかけといえるかどうかはわかんがのぉ……ウル。かつてこのエインズ王国の一員であったアラビカ公国の事は知っておるよな」

「もちろんさ。もと大貴族のアラビカ家がエインズ王国から独立して、アラビカ公国となっちまった。それがどうかしたのかい?」



 ラプスはどこか遠い目をして話す。



「アラビカの地は有名な魔鉱山地域でな、珍しい魔鉱石がわんさかと採れていたんじゃ。ところがアラビカ家がエインズ王国からぬけてしまってから、魔鉱石の流通が減り厳しく制限されてしまった。そのころから、エインズ王国ではいい武具が作れなくなってしまったんじゃよ」

「確かに、今エインズ王国じゃミスリル銀ですら貴重だからな。あほみたいに高価だしめったにお目にかかれない代物だ」

「ワシも当時の事は詳しくは知らんが、ミスリル銀も、昔はエインズ王国でよく流通していたらしい。しかしアラビカ家が抜けたいきさつがあり、エインズ王国では魔鉱石不足で強い武具が作れなくなったようなのじゃよ。そこでワシらの先代たち、ベルク商人団の一族が目をつけたのが魔獣や昆虫種の素材だったのじゃ。そこからベルク竜具商人団と改名したという歴史があるんじゃよ」

「なるほどね。固い魔鉱石の代わりに、魔獣や昆虫種の素材を武具に活かすようになったのか」

「その通りじゃ。ミスリル銀やオリハルコンには遠く及ばんが、魔獣や竜、昆虫種の素材もかなり硬質のものが作れるとわかってから、徐々に発展してきての。ワシはもともと物をつくるのが好きでな、そこを見込まれてベルク竜具商人団に引き抜かれたんじゃよ」

「なるほどねぇ……いまじゃお前さんは、売れっ子の鍛冶師ってわけか」 

「そんないいもんじゃないわい。ワシはただ好きなことをやっているだけじゃよ……ん? ……静かにっ……」




 突然、ラプスの表情が険しくとがる。どこかから草をふむような小さい足音。ざっ、ざっと暗闇の向こうから聞こえてくる。俺達は顔を見合わせる。リラが慌てて焚火を消そうと手をかざしたが、ラプスが仕草でそれを制止した。はりつめた静寂の中、足音だけが近づいてくる。突然ラプスが小さく告げた。



「……オマエたち、黙っているんじゃぞ……」




 闇の中の足音はどんどんこちらに近づく。俺とリラはすっと腰を上げてラプスの隣に身を寄せた。目の前に炎、その先に闇。すると闇の中からぼんやりと白い人形のような人影が揺れるのが見えた。で、でた、お化け。俺は両手で口を押えて悲鳴を押さえつけた。こわいんですけど、怖いんですけど。次第に輪郭が見えてくる。それはやせこけた裸の男だった。なんとか腰巻だけはつけている。いったいなんだ、こんな夜の山中に裸同然で。俺は小声でラプスに聞く。




「……お、おい。いったいなんだよ、こいつは……人なのか魔獣なのか?」

「おそらく……不死人の谷の集落の住人だ。何もしなけりゃ危害は加えてこないはずじゃ」

「集落の……住人? まるで死体じゃねぇか」




 男の肌は青白く、脇腹の骨がうきでている。腹は肉を削り取られたように奥にへこんでいる。手も足も、顔でさえもまるで棒だ。真っ白の男はぶつぶつと言いながら、炎の前に座り込むとうなだれた。聞こえるかきこえないかくらいの小さな声で、呪文のような何かをつぶやいている。俺達3人は息をひそめてじっとしていた。




 どれくらい経ったのか。


 男はうなだれたままふらりと立ち上がると、背中を向ける。そして、来た時と同じようにぶつぶつと言いながら暗い闇の中にとけていった。足音が消えた頃。俺は大きく息を吐いた。




「ぷっへぇ~~~~~~~……なんだよありゃ、まるで“死霊の紋章師”が使役する屍鬼(しき)じゃねえか」

「まぁ、屍鬼のようなもんだろう。あいつらはなんらかの理由で“死ねなくなった者たち”じゃからな」

「死ねなくなった者? 谷の奥の集落にいるやつらがそうなのか?」

「ああ、そういわれておる。他にも、不死人の谷の奥の集落には、邪悪な死霊の紋章師が住んでいてくる人間を死霊に変えるだとか、永遠の命を授かった罪人たちが住んでいるとか、いろんな噂が飛び交っておるからな。誰も近づこうとはせん」

「いまのやつもその集落の住人の一人ってことかい?」

「そうじゃろうな。町にもごくまれに現れるんだよ。ああいう連中が。その時はみな何もせず息を殺して通り過ぎるのを待つ。下手に相手をすると噛みつかれて、永遠の命をうつされ仲間にされる、だなんて話もあるくらいだからな」

「ひえぇ……おっかねぇ」




 俺は男が消えた暗闇をみつめた。いまにもさっきの男が再びあらわれて、とびかかってきそうな、そんな恐ろしい闇だった。




 





ここまで読んでいただきありがとうございます。


感想や誤字脱字報告ありがとうございます!


評価★★★★★やブックマークしていただ本当にありがとうございます!


意欲がわきますぅ!



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