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呪具『腐敗のレイピア』


 カウンターにはすでにリラとビセが戻っていた。


 いつものように黄色い笑い声をとばしながら楽し気に話し込んでいる。ビセとはいったんここで別れるからな。思う存分に話していてくれよ。次にビセとあえるのは不死人の谷から帰ってからか。


 俺は二人の隣の椅子にそっとけつをおろすと、腰にひっかけていた袋の中を覗き込んで硬貨を数える。俺とリラの装備品一式、合計で獅子の(リオン)金貨125枚。


 なかなかの金額だ。今回の仕事の報酬が獅子の(リオン)金貨300枚、それの約半分が装備品で消える事になるが、久々にきちんとした装備を買い替えたからまぁ良しとしよう。ほどなくズゥルーが姿を見せた。ズゥルーはカウンター向こうに回り込むと俺たちのほうを向いて話す。



「さて、装備品はまとめて入り口に置いてきた、あとは支払いだ。獅子の(リオン)金貨125枚だ」

「ありがとよ、で……武器なんだが……何かいいのがあるのかい?」

「あぁ、いまラプスのオヤジをよんできたから、ちょっと聞いてみよう」




 ズゥルーが言い終わるか終わらないか、その時、すっとカウンターに入り込んできた人影。小柄なラプスのオヤジだ。ラプスは、ズゥルーの隣に立ち、俺に顔を向けると突然しゃべりだす。




「おい。オマエたち、不死人の谷に行くって話は本当か?」

「え? あ、あぁ本当だ。不死人の谷のおくにあるっていう集落を目指すつもりだ」

「ふうむ……なにをしにいくのやら。さっきズゥルーから聞いたが、こぎたない格好の割には、金払いはいいようだな。ま、武器はあったものをえらんでやろう。そのかわりといっては何だが……」

「なんだい?」

「ワシもオマエたちと一緒に、不死人の谷へ同行する」

「……えぇ!? いったいどうしてお前さんが一緒にくるんだよ。危険な場所なんだろ?」




 ラプスは腕を組んで話す。




「まぁ聞け。実はな、あの辺りにワシが手に入れたい素材をもつ昆虫種(インセクト)がおるんじゃ。近々討伐にいこうと考えていたんじゃが、ワシ一人ではさすがに不安でな。何人か同行してくれる傭兵でも雇おうと思ってたところなんじゃよ」

「まさか、その傭兵の代わりに、俺たちにその昆虫種の討伐の手助けをしろってか?」

「そうじゃ。その代わり、ワシが不死人の谷の集落までの道案内をしてやろう」

「いや……そんなこと言ってもよ。お前さん戦えるのか、鍛冶師って聞いたが……」

「こう見えて、ワシもお前と同じく紋章師じゃよ。ワシは金槌(ハンマー)の紋章師じゃ。お前たちが魔術師系ならば戦士系の紋章師がいるほうが都合がいいじゃろ……さぁ、ここは賢い選択をするべきところじゃぞ」



 いったいどういう風の吹き回しだ。だがこのオヤジが紋章師かどうかは置いといて。今までこの地を案内してくれていたビセがいなくなる以上、土地勘のある人物の同行は非常に助かるところではあるな。俺はちらりとリラに目をやる。




「おい、リラ、どう思う?」

「え? う~ん……どうするかは、ウルに任せるよ。でも道に詳しい人は必要だと思う」

「そうか……わかった」




 俺は視線をラプスに戻すと、もう一度確認した。




「じゃ、ラプスのおやじ。不死人の谷の奥にあるという集落までの道案内は頼む」

「よし。ワシのほうは傭兵を雇う費用が要らなくなる。取引成立じゃな」

「……ふうむ、この取引の内容が、釣り合っているのかどうかはよくわからんが、それで良しとしよう」

「じつに賢い選択じゃよ」

「じゃ、俺たちはいったんラズモンの町へ戻る。不死人の谷への出発は明日の朝にしよう」










 次の日。



 朝早くからラズモンの町を出た俺とリラは“金槌の紋章師”であるラプスと落ち合ってから、不死人の谷へむかった。南に進み、ラプスに先導してもらい谷底へと続く峠の入り口にさしかかる。俺の前、大蜥蜴(ギガリザード)製の深緑色の鎧に身を包んだラプスが、つぶやく。




「ふぅ、ここからが本番じゃ。魔獣どもの質がワンランク上がるぞい」

「ひえぇ……そ、そうなのか……いままでも十分おそろしかったが……」

「情けない声を上げるな。そんなことじゃ、不死人の谷の奥底なんかにたどり着けんぞ、しっかりせんかい」

「それにしてもラプスのオヤジさんよぉ、お前さんナニモンなんだよ、いままでの戦闘を見ても、とてもじゃないがたんなる鍛冶師にゃ見えねぇ。元宮廷魔術騎士団かい?」

「さぁのう。昔の事はもう覚えておらんわい。そんなことより、この峠を越えて下って行った先が不死人の谷とよばれる渓谷じゃ。どこかで野営をせにゃならんから、覚悟しておけよ」



 ラプスはそういうと背中にかけていた大きなハンマーをつかみ取り右手に構えた。生い茂る草むらの道を上に上に目指していく。それにしても元気なじいさんだ。さっきから全く疲れた様子を見せやがらねぇ。俺は後ろのリラを確認する。リラもさほど疲れている様子はない、一番疲れているの、きっと俺。俺は背中の荷袋をぐいっと担ぎなおすと、ラプスに続いて歩き出した。



 その時、周囲の空気が妙にざわつく。ラプスのはりつめた声が小さく響いた。



「おっと、来たぞ」

「え、え、何がだよ」

「ほれ、あそこの木の間、ありゃ大黒猪犬(ブラックボア)じゃな、それにしても……」

「……でかい」



 俺が言い終わる前に真っ黒の毛におおわれたブラックボアはこちらに勢いつけて突進してきた。駆けるごとに地響きのように大地が揺れる。ラプスは右手のハンマーを握りしめて、ブラックボア目指して恐れることなく向かっていく。そして、口元で唱えた。




「回転破槌!!」




 ラプスの手元のハンマーが不意に輝く、ラプスは光るハンマーを大きく真横に振りかぶると、勢いよくブラックボアに投げつけた。ハンマーは回転しながら弧を描き、ブラックボアの額の真横にがつんと命中した。ブラックボアはがくがくと足元から崩れて、前のめりに倒れ込んだ。ラプスはブラックボアに近づいて、転がっているハンマーを拾い上げた。


 その時、沈んだはずのブラックボアがむくりと起き上がり、大きく頭を突き上げてラプスの体をしたから吹き飛ばした。ラプスの体は大きく飛び上がり、大地に転がる。くそう。早い、間に合うか。俺は慌てて背中の荷袋に手を突っ込み、呪具を取り出す。




俺は右手に呪具を握りしめる。



スキル『呪具耐性』の発動だ。


俺は唱える。呪具拝借(じゅぐはいしゃく)呪詞(のりと)を。





―――――――――



天地万物(てんちばんぶつ) 空海側転(くうかいそってん) 


天則(てんそく)()りて


我汝(われなんじ)(おきて)(したがう)


御身(おみ)(けつ)をやとひて (ゆる)したまえ




―――――――――




呪具:腐敗の細剣(レイピア)

ある墓場に生き埋めにされた無名の戦士が胸に抱きしめるように持っていたレイピア。錆びついた青銅製。長い年月をかけて飢餓の末に死んで腐敗していった戦士の怨念がこもっているといわれている。持ち手の部分にそのままその戦士の指の骨がへばりついたままになっている。


効果:対象の生物をひと刺しするだけでその傷口から皮膚や肉の腐敗が進行し一気に骨まで到達する。激しい痛みを伴い戦意を喪失後、ほぼ即死する。




 俺はレイピアを身構える。血走った目のブラックボアは、足を踏ん張ると一瞬で俺の目の前まで向かってきた。やばい。俺は一気に頭を下げて、横に飛びのくと同時にレイピアで奴の前足をかすめた。俺はごろりと回転して、すぐさま飛び起きてふりかえる。


 が、ブラックボアは大きな尻をこちらに向けたまま、前足からひざまづいて、そのまま大きく横に倒れ込んだ。そして、動きを止めた。しばらく距離を取ったまま、俺はブラックボアを警戒していたが動く気配はない。



 すると、後ろからラプスの声がした。俺が見るとラプスが腰を押さえながら近づいていた。俺は声をかける。




「おい、大丈夫か! ラプスのおやじ!」

「大丈夫じゃ、あの程度ではこの鎧はびくともせん……しかし、オマエ、いったい何をしたんじゃ。あのでかいブラックボアをレイピアの一刺しで倒すとは。恐れ入ったわい……正直、いままであなどっていたが、詫びねばならんのう」

「このレイピアは特殊な呪具なんだよ。俺は呪具を扱うことができるからな」

「ほう……呪いの紋章師が、それほどまでとは……すごいのう」




 身を隠していたリラが木の陰から飛び出してきた。




「ウル! 大丈夫だった?」

「ああ、お前こそ怪我はないか?」

「うん、私は大丈夫。ラプスさんは?」




 ラプスは照れくさそうにリラに軽く手を振った。


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