厚皮角鹿(クドゥ)装備セット
俺はズゥルーの背中を追って進む。両側の木の棚には籠手がズラリとならぶ。まるで手招きするようにこちらに指をだらんとそろえている。なんだかこれだけの籠手が並ぶと、おっかねぇな。それにしても見事に種類ごとにわけられている棚の列だ。ほどなく籠手の区画を越えると今度は具足の棚。
俺はズゥルーの背中に問いかけた。
「それにしても、これだけの武器や防具を管理維持するのは大変だろう?」
「それがだな。ここの商品は意外と早くはけちまうんだよ。いまここにある商品の半分くらいは、すでに引き取られる予定が決まっているんだ」
「へぇ!? そうなのか、景気がいいねぇ。というよりも大口の客がいるってことか」
「ああ。あちこちから、買い通り注文がくるからな。ラプスのオヤジは頑固でとっつきにくいんだが、鍛冶師、加工師としての腕は超一流といえるのさ」
「へぇ、そいつはすげぇな。」
「ああ、それによ、ラプスのオヤジが“一式売り”にこだわるのは、自分の考えた組み合わせが一番いい組み合わせだと信じているからなんだよ。ある種の信念をもってやってるんだ。だからそこは頑として譲れないところみたいだな」
「なるほどねぇ……みるからに職人気質ってかんじのじいさんだったもんなぁ……」
その時、ズゥルーが立ち止まり、きょきょろとあたりを見回しはじめた。俺も立ち止まる。ズゥルーは手に持っていた冊子を開きながら、何かを探しているようだ。そして俺のほうを見て手招きしながら、少し先、木組みに立てかけられている白いマントに近寄る。歩きながらズゥルーは聞いてきた。
「ところでよ、あのお嬢ちゃんも、お客さんも魔術師系の紋章師ってところだよな?」
「あぁ、まぁそんなところだ」
「ならば、軽量装備の組み合わせが一番だと思ってるんだが。これなんかどうだろう。一角麒麟の皮蓑外套装備一式だ。軽量だし、夜間はマント自体が青白く発光するから、洞窟や森の奥なんかの暗い場所だと松明のかわりにもなる優れモノだ」
「へぇ、そいつはすげぇな。でもよ、くらい場所でピカピカ光ってちゃ魔獣どもに気づかれねぇか?」
「その辺は大丈夫だ。そのためにこのマントの裏地は真っ黒の繻子を縫い付けてある。ようは裏表ともに使える仕上がりにしているんだ。ただ裏面は表面の加工よりも防御が弱いから気をつける必要があるが……」
俺はズゥルーの前の木組みに立てかけてある青白いマントの一式を改めて眺める。
確かに、どこかうすぼんやりと青く輝いて見える。白いフードつきマントとグローブ、腰当てにはひらひらで純白の羽が幾重にも重ねられて巻かれている。足は膝あても兼ねた茶革のひも付きロングブーツだ。兜の代わりなのか、銀フレームの冠がかかっている。
俺はその細いサークレットを指にかけて、頭にはめてみた。額からちょうど耳の後ろあたりまで伸びている。それを見ていたズゥルーが得意げに説明する。
「そのサークレットの額の部分には青い宝石が埋め込まれているだろ。それはブルーアストルクオーツってぇ魔鉱石だ。精神を高める効果があるみたいで、魔術の効果が上がるといわれているものだな」
なんだか全身が白とかキザな格好だ。俺の趣味じゃあねぇな。どうにもこうにも、見た目が苦手だ。こんな派手なのを着てウロウロするのは気が引ける。性能は置いといて、もっとおっさんっぽい地味な格好がいいんだが。俺はサークレットを額から外して、木組みのマント立てに戻した。
ズゥルーに他のものがないかを聞いてみると、ズゥルーは再び手元の冊子に視線を落とす。ページをめくりながら、次の場所に案内してくれた。俺はいくつかの装備品一式を見て回り、ついに決めた。するとズゥルーが言った。
「よし! この厚皮角鹿装備一式だな。いい買い物だ。この装備は兜がないからそのかわりにローブがついている……でもよ、お客さんが今着てるのは、防具といえるようなもんじぁあねぇぞ。不死人の谷に行く前に、うちに装備品を買いに来て正解だぜ……ほらよっと、これが能力値の水晶石で数値をまとめている表だ」
そういうとズゥルーは俺に何かを書き込んだ羊皮紙を手渡してきた。俺はそれを眺める。
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厚皮角鹿の外皮装備セット:対 鉄
右手:武器無 :-
左手:厚皮角鹿防護小盾 :50
腕 :火炎小蜥蜴手袋 :22
体 :厚皮角鹿鎖帷子 :66
腰 :青門鳳腹皮腰当 :30
ひざ:青門鳳腹皮脛当 :24
ローブ:青門鳳羽根皮外套:20
(ローブは頭部なし代替品)
総攻撃力:-
総防御力:212
強:刺突◎ 斬撃〇 耐雷〇 耐火〇
弱:打撃× 氷結×
重量:超軽量◎
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なかなかの数値に思える。それに、意外だが鉄製の防具よりもはるかに防御力が高いようだ。
色合いも全体的におちついているし、俺みたいなおっさんにはちょうどいい地味さ加減だ。全体的に薄灰色、ところどころにクドゥの皮の特徴である黒い縞模様がはいっているくらいだ。それに、何より軽い。体力のない俺にはうってつけだ。これに決めた。
俺はうなずいてズゥルーに羊皮紙を返した。ズゥルーは受け取るとキラキラとした満面の笑みを浮かべた。商談成立だ。ズゥルーは早速、目の前の装備一式をまとめ始めた。俺にちらりと目をやると話しかけてきた。
「じゃ、今から荷物をまとめるから、さっきのカウンターで待っていてくれ。あ、ついでに何か武器もどうだい?」
「武器か……不死人の谷ってところがどういうところかはよく知らねぇからさ、あまり重いものはかえって邪魔になる」
「……そうだな。確かに……その辺はラプスのオヤジに聞いてみるかな、なにせラプスのオヤジはあの辺りに詳しいからな、じゃまた後でな、カウンターの場所はわかるな?」
「あぁ、大丈夫だ、じゃ」
俺はそう言い残すとカウンターに戻った。