ベルク竜具商人団 商品一覧 ~おしながき~
ズゥルーに続いてぞろぞろ武具屋の中を進んでいくと、奥に少し大きめのカウンターがどしんと構えている。俺達がカウンターのそばまでくると、ズゥルーがカウンター向こうに回り込んでその後ろの棚に向かう。
ほどなく数冊の分厚い冊子を取り出してきて、カウンターに並べた。俺達は近くにあった木の丸椅子をもってきてカウンター越しにズゥルーと向き合って座った。すると、ズゥルーがパチンと指をはじいて、にこりと笑った。
「さてと、お客さん。ここからが本番だ。何をご所望で?」
「そうだな……とりあえず、俺とリラの分の装備と……、ビセはどうするんだ?」
俺はリラを挟んで向こうに座っていたビセの顔を覗き込む。ビセは両手を前にあげて大きく振った。
「あ、悪いけど、アタシはパス。さすがに“不死人の谷”なんかに行く気はないわ。中途半端なところで抜けちゃってごめんだけどさ……アタシあそこに行って生きて帰れる気がしない」
俺はうなずいた。そのほうがいい。魔獣がうろつく谷の奥地になんてむやみにいく必要はねぇからな。俺はズゥルーに視線を戻して話す。
「……て、ことで。俺の分とこの隣にいるリラの分の装備品一式を探している」
「……いや、それよりもよ。今言ったこと本当かい?」
「ん? なにがだ?」
「お客さんたち本当に不死人の谷なんかに行くのか。あそこは本当に危険なところだぜ」
「随分と脅すじゃねぇか……リラ、お前大丈夫か? なんだったら俺一人で行って来るが」
俺は隣のリラの顔色をうかがう。怖がるようだったらやめておいたほうがイイ気がしてきたな。だが、俺の意に反してリラはこちらにくるりと顔を向けると、目をぱちくりとさせて話す。
「私、平気よ。それにウルを守る人がいないとね」
「んぐっ……か、返す言葉もございません」
「うふふ、ほんとに、私は大丈夫だから」
「まぁ、お前がそういうのならば、いいんだが」
俺たちのやり取りを不思議そうな目で見ていたズゥルーが、それじゃ、と言いながら手元に置いてあった分厚い冊子に手を置いた。俺はたずねる。
「いったいその本は何なんだ?」
「あぁ、これはここに置いてある商品の一覧表だよ。ただし、さっきも言ったが装備品は“一式売り”だ。頭から足まですべての装備品をセットで買い取ってもらう。部位別の装備品での買い取りを希望するんだったら、交渉は俺じゃなくて直接ラプスのオヤジとやってくれ。ま、絶対に首を縦に振らないと思うがよ」
「……はぁ、ま、あのオヤジさんとの交渉なんてごめんだね。さっきの話しぶりだと、そもそも、交渉の余地があるともおもえねぇし」
「がははは! ま、それが賢い選択というやつだ。任せときな。俺がいいのを見繕ってやるからさ……その前にお客さんたちの体型を調べさせてくれ」
ズゥルーはそういうと立ち上がり腰の小袋から”測り”を取り出した。なんとまぁなんでも出てくる小袋だな。武具販売の七つ道具入れっていうやつか。
俺達はズゥルーの言葉に従い、立ち上がると、体の各部位の長さや幅をはかってもらう。ズゥルーは俺とリラの体の大きさをあちこち図るとカウンターに戻り手元の分厚い冊子をめくりはじめた。真剣なまなざし。ほどなく口を開いた。
「うーん……じゃ、まず先にそっちのお嬢ちゃんの装備品からえらんでみよう、ちょっとこっちに来てくれ」
「はい」
「お嬢ちゃんは手足が長いし、あまり重さのあるものはだめだからなぁ……」
リラはそのまま、ズゥルーの後ろについて武具屋の中を連れだっていった。どうやら、少し時間が必要なようだな。その時、暇そうに座っていたビセが口を開く。
「ね、ウル。アタシちょっとあちこち見て回ってきてもいい?」
「おう。別にいいが、急にどうした?」
「アタシ思うんだけど。ここにある装備品ってなんだかすごく……綺麗なのよねぇ……ほら、あそこの赤い羽根を胸元につけたフードマントとかすっごくオシャレだわ。本当にさっきのおじいさんがあんな素敵な装飾を作っているのかしらね」
ビセの指さした方向に目をやると、確かに薄灰色のフードマントが木組みに立てて飾ってある。胸元に真っ赤な何かの羽が数本。斜めにそろえてしつらえられている。何かの鳥の羽だろう。たしかにとても映える配色だ。俺はビセに伝える。
「もしも欲しいものがあるんだったら、ついでと言っちゃなんだが、買ってやるぞ。ここまで道案内をしてくれたお礼をしなきゃならんと思ってたところだ」
「え? いいわよそんなの。アタシはリラと一緒にいるのが楽しくてここまで来たんだから。気にしないで。もうすぐ、お別れってなると少し寂しい気もするけどね……」
「おいおい、なんだよ。柄にもなくしんみりしやがって。不死人の谷からもどればまた会えるじゃねぇか」
「そうね……。ねぇ、ウル、ちゃんと不死人の谷から生きてかえらないと、しょうちしないからね」
「ま、俺が死んだらお前のまくらもとに化けて出てやるから、安心しな」
「勘弁してよ、ウルがゴーストなんかになったら、耳も口もつねれなくなるじゃない!」
ビセはそういって笑うと、勢いよく立ち上がり店の奥に消えていった。俺はカウンター前に戻り椅子に腰を下ろした。ふと、カウンターの上に分厚い冊子がおかれている。さっきズゥルーがカウンター奥の本棚から取り出してきた商品一覧表の冊子だ。俺は手元に引き寄せた。表紙にはこう書かれている。
”ベルク竜具商人団 商品一覧 ~おしながき~”
俺は表紙をひらくと、ページをパラパラとめくった。
中のページ。真っ白の羊皮紙が真っ黒になるほどに文字や絵がびっしりとかき込まれている。様々な装備品のスケッチ、その横に説明。驚くほど詳しくまとめられているが、これもさっき会ったラプスのオヤジが書いたものなのだろうか。俺はいくつかのページをひらいた。
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大蜥蜴の籠手
特徴:角質化した細鱗、伸縮性に乏しい、刺突攻撃に弱い、打突に関しては重ねれば一定程度は防ぐことが可能。
重量:△
強:防水性能〇
弱:火炎、突撃、刺突、槍や強度の高い弓矢などはたやすく貫通×
広範囲、急所の防具として▽ 可動域の細かい動きには〇
籠手や足袋、そのうち指、手首、足首のつなぎ部位としては優秀◎
硬度 深緑>緑>黄緑>薄緑>白緑
大蜥蜴は成長の段階により皮膚の硬度の差が大きいので注意!
体調はメスで全長4メートル、オスは2メートルとメスの約半分。
スケッチ詳細、以下
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鋼鉄蜘蛛の糸状鎖帷子
特徴:白色の蜘蛛の糸、強強度繊維素材。斬撃、刺突には強いが殴打系弱い
重量:◎
強:斬撃、刺突につよい 最大の特徴は軽さ。
弱:打撃の衝撃がそのまま装備者に伝わる、体に密着させる構造による可動制限あり
防具というよりも防具の下に着込む予備具ならば〇
鋼鉄蜘蛛自体希少種の為、素材入手困難により価格高騰気味
そのほか生体に関しての詳細不明
詳細スケッチ 以下
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パラパラとめくる手が止まらなくなるほどに興味深い記述がつづく。
その時、カウンターに座っていた俺の後ろからズゥルーの声がした。俺が振り返るとそこにズゥルーとリラが立っていた。
「お客さん。おまたせしたな。とりあえず、このお嬢ちゃんの装備品のおすすめはあらかた見終わったぜ。次はお客さんだ。こっちへ来てくれ」
「よし、わかった」
俺は冊子をパタンととじて腰を上げた。