能力値の水晶石(アビリティストーン)の価値とはいかに
一夜明けて、翌日。
ここは、ラズモンの街の隣にある小さな町『ディルビュイ』だ。その一角にある商人地区。
様々な店が並ぶ中『ベルク竜具商人団』の出店を見つけた。緑の天幕の下に簡単なテーブルが並び、その上に様々な武器や防具が並んでいるのが見えた。俺達3人は天幕の下にもぐりこんだ。
昨日、デウヘランのいる教会で一夜を明かした俺たちは、次の日の朝早くにラズモンの町を出た。ひとまず、装備品を調達するために、デウヘランに教えてもらった『ベルク竜具商人団』という武器商人団の出店に来たのだ。
天幕の下はじつに雑然としている。木樽には何本もの剣が突っ込まれているし、小手や鎧なんかは立てかけられもせず、地面にじかにおかれている物すらある始末だ。売る気があるのかないのかよくわからないが。天幕の奥には店主らしき男が、椅子に腰かけて手元の本に目を落としているのが見えた。特に客である俺たちを気にする風でもなさそうだ。
俺はそばにあった木樽に立てかけてある剣の一本をするりと抜き取った。鞘付きの幅広の剣だ。俺は黒いさやから剣を抜き取ると剣身を確認する。鉄製の簡素な剣といった感じだ。その時、後ろから声がかかる。
「いらっしゃい、剣をお探しか?」
俺が振り返ると、ニコニコとした男。先ほど椅子に座っていた店主らしき男がいつの間にか俺の真後ろに来ていた。素早いな。俺は聞いてみる。
「ああ、軽めの剣がイイんだが……正直、どれがいいんだかよくわからねぇんだよな」
「あまり武器を持ったことがないのかい?」
「ま、そうだな……」
普通の武器はあまりな。なにせ、俺が扱うのはたいていが呪われた武器や防具である”呪具”がほとんどだからな。特殊すぎるものしか扱ったことがないのだ。という余計な事は話さずにおく。男は少し思案して話し出した。
「なるほど……そうだねぇ、ならば、能力値の水晶石で一度見てみるといい」
「ん? 能力値の水晶石? なんだいそりゃ」
「お! お客さん知らないのかい? よしきた。じゃ俺が説明してやろう。実はこの能力値の水晶石は俺達『ベルク竜具商人団』でも最近仕入れたものでね。まだあまり普及していないが、とびっきりの能力測定器なんだよ」
「へぇ……」
「ま、いいからこっちに来てみな」
男はそういうとなんだかうれしそうに俺の背中を押した。さっきまで男が座っていた隣のテーブルに確かに水晶石が置かれている。男はその前まで俺を誘導すると、水晶石の向こうに回り込んで俺に話しかける。
「この水晶石はな、武器の強さを測る優れモノなんだ」
「武器の強さを測る? 例えば、今俺が持っているこのブロードソードの強さを測れるという事かい?」
「そうだ! すげぇんだぜ。とりあえず、そのブロードソードを持ったまま、お客さんの手をこの水晶石に当ててみてくれ」
「あ、あぁ、分かった」
俺は右手にさっき木樽から引き抜いたブロードソードを握ったまま、左手を水晶石にあててみた。すると、水晶石に数値が浮かぶ。
“19”
俺が不思議そうに水晶石を覗き込んでいると、男は武器の説明そっちのけで目の前にある能力値の水晶石の説明をはじめた。武器の売り込みよりも熱心に見えるが、大丈夫なのかこの男。
「いいか、この数値はいわば、今お客さんが持っている鉄製のブロードソードの攻撃力といえる数値なんだ」
「じゃ、俺が右手の武器を別のものに持ちかえると、この数字が変わるってわけか」
「その通り! お客さん、のみ込みが早いねぇエ! 説明の甲斐があるってもんだぜ!」
「ああ、そ、そうか……はは」
喜々と説明する店主の男の話はこうだ。
この水晶石の示す数値というのは“同素材の防具に対して攻撃をした場合、その防具を破壊するまでに至る回数”を示すらしい。しかしあくまでも、おおまかな数値ではあるらしいが。
つまりだ、俺が今右手に握っているこの“鉄製のブロードソード”で“鉄製の防具”を攻撃(直撃に近い当たりを)した場合、19を超えて20回目にその“鉄製の防具”を破壊できるという事になるようだ。しかしながら、20回目という数字がいったいどの程度の労力になるのかよくわからないし、そもそも正確かどうかもわからない気がするのだが。俺はくびをかしげる。しかめた俺の表情に気が付いたのか男はさらに説明を繰り出す。
「お客さん、その顔は俺の話を信用してないって顔だな」
「いや、信用していない顔というよりは、よくわからないという顔だぞ」
「ううむ、しかしそれなりに実験を繰り返した数値を示しているはずなんだよな。だってよ、この水晶石を作ったのは宮廷紋章調査局のお偉い紋章師様たちなんだから」
「おい、盲目的に権威を信じすぎるのはよくないぞ……しかしよ、“同素材”のものに対しての数値が示されるというならば、“別素材”の防具に対しての数値となると、その数値自体が変わるんじゃないのか?」
「その通りだ! いや~ぞくぞくするぜ! お客さん、よくわかってるじゃないか! 二人いれば“別素材”の武器や防具に対しての数値の測定もできるんだ。ここまで話が早いお客さんは初めてだ! 俺はうれしいぞ。この能力値の水晶石を今後、俺達『ベルク竜具商人団』の新しいサービスとして普及させたいんだ!」
なんだか爆上がりしていく男のテンションについていけていない気がする。何を一人で興奮しているんだこいつは。男はほほを赤らめながら、俺に少し待つように伝えると、どこからか盾を引っ張り出してきた。真四角の木製の盾に見える。男は盾を右手に構えて口を開く。
「この盾は“リグナムの木”の幹で作られた盾だ。固い上に軽い。しかし鉄製のものに比べればあたりまえに弱い。いいか、見てろよ。俺が今から水晶石に手を当てるぞ」
「ふむ」
俺が水晶石から手を放し、そのかわりに向かい合った男が水晶石に手を当てる。すると水晶石に数値が浮かぶ。
“56”
男は数値を見て俺のほうを見る。
「数値は56だ。つまりこのリグナムの木の盾は、おなじ材質のリグナムの木でできた木刀の攻撃ならば56回防ぐことができる。そして、57回目に破壊されるってことになる」
「そうだな、まぁ、その数値を信じるならば、という前提での話だが」
「いいから、いいから。今はこの数値を信じて話を進めよう。で、だ。ならば、このリグナムの木の盾が、今お客さんが持っている鉄製のブロードソードに対してどの程度の防御ができるのか試してみよう。さ、お客さん、その剣を握ったままもう一度、この水晶石に手を当ててくれ」
俺は言われるがまま水晶石に左手を当てる。すると56の数値がかききえて新たな数値が浮かび上がった。
“15”
「うひょー! お客さん、数値が変わったろ、ほら、すげえぇだろ! つまりこのリグナムの木の盾はその鉄製のブロードソードの直撃を15回しか防げないってことなんだよ! どうだいこれで納得したろう」
「まぁ……それなりには、なぁ」
相手の装備を知ったうえで自分の装備品を選ぶという場合には有効そうな数値ではあるな。
しかし戦士系の紋章師のなかには魔術によって武器や肉体を強化する連中もいるし、武器に属性を加えることができる奴らだっているんだ。そこを考えると、この水晶石の数値はあまりにも単純すぎる。普通の攻撃を受けた場合の破壊に至るまでの数値、でしかない。となると、やはり紋章師同士の戦闘なんかになるとあまりあてにはならないな。
俺はちらりと男の顔を見る。水晶石の説明がおわって、気が済んだのか、男はようやく少し落ちつきはじめた。なんだかひと仕事終えたような清々しい表情を見せる。ここで質問をするとまたややこしい話が始まりそうだ。ここはいったん引いておこう。
それにしても、俺、まだ何も買ってないんだが。




