男装の美女 デウヘラン
穴掘り屋が去った後も、ビセはずっと奴の背中を探すように入口のほうを眺めていた。どこか寂し気な横顔に、俺はそっと声をかける。
「どうしたってんだ、ビセ。あいつが恋しいのか?」
「そんなんじゃないけどさ……きっとあの穴掘り屋さん、とても優しい心の持ち主だと思う」
「そうなのか? 俺にはただの皮肉屋にしかみえなかったが」
「だってさ、さっきね、ヤクーのお墓を一緒に作ったとき、あの人、あの子のお墓にひざまずいて簡単な祈りをささげてくれたの。その時、アタシは穴掘り屋さんの後ろにいたから、背中しか見えなかったけれど……あの人、泣いてたよ。祈りながら泣いてた」
「……そう、なのか」
奇妙に笑う男、という印象しかないが。ま、こんな荒んだ街に好き好んで住むやつはいない。あいつにも何かの事情があってここにいるのだろうな。ビセはなんだか名残惜しそうにあいつのことを話す。
ビセと少し話した後、俺は一息ついて、ひとまず周囲を見渡す。リラを休ませる場所をどこかに作らなくては。それに、着替えさせてやらないと、リラの服に染み付いた大馬の血。乾き始めているせいか、とにかくニオイがひどいったらない。俺はビセに声をかけた。
「ビセ。ちょっとリラを休ませたい。それに体を拭いて着替えさせてやらないと。頼めるか?」
「ええ。もちろんよ。でも着替えかぁ。アタシのド派手な衣装でいいならいくらかあるけど」
「いや、さっきの穴掘り屋の話では、教会の裏手に倉庫があるらしいから、そこでいろいろと調達しよう。それと……休む場所だが……」
俺は教会礼拝堂の奥に目をやる。正面中央には祭壇の為の台座。後塵の窓から差し込む光はすでに赤みを帯びて、もうじき訪れるであろう夕闇の到来をつげている。大抵、こういった礼拝堂の祭壇の両脇には小部屋があるはずだ。
聖具置き場の為の倉庫や、小さな予備室とよばれる部屋が。とにかくこんなにだだっ広い礼拝堂の中では落ち着けない。俺はリラを抱えながら、大馬を引き連れて奥に向かった。祭壇の両脇には思った通り、さらに奥へと続く廊下があった。扉は朽ちて開け放たれたままだ。
後ろからかけてきたビセがたずねる。
「あ、奥に部屋があるね」
「だな。もしかするとこの奥が俺たちが会いに来たデウヘランの部屋かもしれないが……悪いが、ちょいと先にお邪魔するか」
「いいじゃない。だってさっき、穴掘り屋さんが言っていたでしょ」
「ん? あいつ、何か言ってたか?」
「うん。穴掘り屋さんはこう言ったわ“この場所は誰のものでもない、みんなのものだ”って」
「確かにそうだな、ここは教会だ。穴掘り屋の言葉に甘えることにしよう」
短い廊下を抜けた先に小部屋があった。中に入ると途端に生活感あふれる空気。荒廃した礼拝堂との差が余計にこの部屋の人の気配を際立たせる。窓際にある白いシーツの張られた寝台、隣の小さなテーブルにはこんもりとした緑がのった鉢植え。本棚には様々な背表紙の本がびっしりと並んでいる。
悪くない部屋だ。俺はひとまず窓際によって、担いでいたリラを寝台にそっと寝かせた。少しの間ビセに見張りを頼んだ。確かこの礼拝堂の裏側に倉庫があるといっていたな。
俺はいったん教会の外に出て、ぐるりと裏手に回った。穴掘り屋の言葉通り、教会の裏手には堅牢そうな四角い建物。そして。俺は目を奪われる。
「なんでぇ……こりゃぁ……」
倉庫のさらにむこう。大きな草原には無数の墓石が並んでいた。見渡す限り、視界いっぱいに大小さまざまな石が整然と並んでいる。中には傾いてしまったり、苔に覆われているものもちらほらとある。これが全部、誰かの墓だってのか。俺は小さくため息をついた。ひとまず気を取り直して倉庫に進む。倉庫の大きな鉄扉は鍵も何もなくすんなりと横に開いた。
見渡す中はさっきの小部屋同様、きれいに整理されていた。この倉庫にも人の気配がある。おそらくこの教会に住んでいるというデウヘランがよく使っているのだろう。木製の棚がいくつも並んであり、衣類や農具、何かの道具なんかが丁寧に並べられている。その中で目についたのは祭服だ。ひとまずはリラを着替えさせてやらなくては。一時的にきる服だから、とりあえずは何でもいいだろう。
棚に寄り、いくつかの衣類を手に取るがどれも黒く染められた司祭用の服だ。首元の長い襟に、スラっと足元まで伸びるスカート。中に着込む白のブラウスもいくらかはあるようだ。その時、ふときがついた。この服装、どこかで見たぞ。
そうだ、ほんのついさっき見た。あの穴掘り屋だ。単に黒いボロをまとっているのかと思っていたが、見れば見るほど、あの穴掘り屋の格好は、この祭服にそっくりだった。あいつもこの教会の倉庫から着るものを調達しているのか。俺はそんなことを考えながら、少し小さめの祭服の上下をそろえて倉庫を後にした。
礼拝堂にもどり廊下に入り込むと、話し声が聞こえる。
「お……リラの奴、目が覚めたのかな。ちょうどいい」
俺が廊下を抜けて部屋に入ると、引きつった顔のビセの前に立つ見知らぬ背中。全身黒の祭服姿。そいつは俺の気配を察知したのか、素早くこちらに顔を向けた。こざっぱりとした短い髪はかきあげられて、薄く金に光っている。そいつは、切れ長の目で俺の手元を睨むと、薄い唇を開いた。
「人の住む部屋に勝手に入るだけでなく、あまつさえ倉庫まであさるとは随分な客だ。お前たちはいったい何者だ」
「と、突然ですまねえ。俺はウルってんだ。ところで、お前さんがデウヘランかい?」
「……そうだが。なぜワタシの名を知っている?」
「ペセタル・イルグランにきいたのさ。“マアトの天秤”の件、といえばわかるかな」
デウヘランの整った顔立ちがゆがむ。そして、俺たちをぐるりと見渡した。何ごとか思案したような間を取った後、口を開く。
「……ペセタル・イルグランめ。自分では来ず、女子供なんぞを使いの者としてよこすとは」
「おいおい、自分の領主様にたいして、なんてぇ口の利き方だ」
「ふんっ、貴族の身勝手さと、変わり身の早さは嫌というほどよくわかっている。で、マアトの天秤がどうかしたのか?」
「まぁ、まぁ、自己紹介が済んだところで、ちょいと仕事の話はあとまわしだ。悪いんだが、そこに寝ている子の体をきれいにしてやりたいんだ。少し時間をくれないか」
デウヘランは俺に対するあてつけのように大きなため息をついた。俺はビセに着替えを頼むと、デウヘランとともに部屋の外に出た。廊下を抜けて礼拝堂の祭壇前にでたところで立ち止まる。俺は振り返ると改めてデウヘランを眺めた。穴掘り屋の言葉通り、一見、細身の男のようにも見えるが。声から察するに女なのだろう。男装の美女、デウヘランは腕を組んで聞いてきた。
「まさか……お前たち黒の矢団に手を出した連中か?」
「ブラック、アロウズ? なんでぇそいつは」
「この街を仕切る盗賊団だよ。ワタシが外の町から帰ると、あいつらの動きがなんだか騒がしかった。街のものにそれとなく話を聞いてみたのだ。なんでも今日の昼間に旅の一行が現れて、下っ端どもを懲らしめたとかなんとか聞いたぞ」
「あぁ……あの三人組の盗賊か。懲らしめたというか、単に身に降りかかった火の粉を払っただけさ」
「ふん、ふり払ったはずの火の粉が服にまとわりついて、くすぶっているようだぞ。あいつらは、いまお前たちを血眼になって探し回っているそうだ」
「へ? そ、そうなのか」
「……まったく。お前たちはすぐにこの街を出たほうがいい、あいつらは、しつこい上に残虐だ」
司祭服姿のデウヘランは、不快感をあらわに口元をゆがめた。そして、こちらをぎろりとにらみつけた。この表情が盗賊団にたいするものなのか、俺たちに対するものなのかはよくわからねぇな。あ、多分どちらもか。
“ワタシに厄介ごとを持ち込むな”と奴の目は雄弁に語っていた。その時、廊下のほうから俺の名を呼ぶ声がした。俺は耳を澄ませた。ふたたびビセの声が聞こえてくる。
「ウル! ちょっと! リラが目をさましたわよ!」
俺はデウヘランとの会話を早々に切り上げると、慌てて部屋に向かった。




