うすよごれた監視塔
目的地へ向かう前に、俺はひとまず軽く休める場所がないか穴掘り屋にきいてみた。すると奴はまるで俺たちを誘うようにゆるゆると歩き出した。俺はリラを背中に担ぎ、ビセに声をかけた。流れる重い空気。俺達は無言のまま穴掘り屋についていった。
路地に入り込んでから、いくつかの角を曲がった頃合い、周囲の屋根からひときわ高く突き抜けた古びた建物が目の前に現れる。細長い円柱の煉瓦造りの建物。穴掘り屋はこちらを振り向くと乾いた声でつげる。
「……ここはこの街のあちこちにある監視塔さぁ……いまとなっちゃ誰も使いやしないがね、ひぇひぇひぇ……中は吹き抜けだから、そのでっかい馬も入り込めるぞ」
「そうか、ありがとよ」
「……ひぇひぇひぇ、いいってことよ。それじゃ俺はさっきのヤクーを埋めてきてやろう」
「いや、お前さん、そんなにもほそっこい腕であのヤクーを運べるのか?」
「ひぇひぇひぇ……まぁ……適当にやるさ」
「わかった。まぁ、そういうのならばその辺はお前さんにまかせるよ」
ヤクーは移動獣のなかでは小型だ。とはいえ、それなりには重い。こんなやつにヤクーを動かせるだけの力があるとも思えんが。しかし、気を失ったリラと、丸腰のビセを残して、俺がついていくわけにもいかないし。すると、後ろからついてきていたビセの声がした。
「あの子を埋めるの、アタシも手伝う」
「は? ビセ、何を言ってるんだ。この街は想像以上に物騒だ。ウロウロしないほうがいい」
「でも、アタシのせいであの子が死んじゃったんだもん」
「ヤクーを殺したのはさっきの盗賊どもだ、お前が責任を感じることはない」
「行くの! ウルがとめたって、アタシはその人と一緒に行く」
「あのなぁ、さっきはリラがいたからよかったものの……俺だって危なかったんだぞ」
「行くの! 行くったら行く! ウルが止めたってアタシはあの子のお墓をつくってあげるの!」
「ちっ! いいかげんにしろ! お前はさっきの事をもう忘れたのか!? お前ひとりで自分の身を守れるのか?」
「それくらいできるわよ! 今までだってずっとずっと一人で旅をしてきたんだから!」
「ああそうかい! じゃ、勝手にしやがれ」
「ふん! 言われなくたって勝手にするわよ! いきましょ、穴掘り屋さん!」
ビセはそういうと、くるりと背を向けて地を蹴りながら歩き出した。
まったく、武器の一つも持たないでどうするつもりだ。俺は背中のリラを担ぎなおして、隣の大馬を見上げる。大馬はどこかしら、眉をひそめたような表情でビセに視線を送っていた。ふうむ、荷袋の中に何かあったっけ。ビセに武器を渡したところでどうなるものでもないし。その時穴掘り屋がそばに来てささやいた。
「ひぇひぇひぇ……女との旅というものは実に厄介だねぇ……」
「まぁな。こんなことを頼めた義理じゃないが、すまんがビセを頼む。お前さん、武器は扱えるか?」
「ひぇひぇひぇ……このほそっこい腕で持てるような武器があるならばいいがねぇ」
「そこの荷袋の外側の縫い口に、三角小型剣が二本、仕込んである。それを持って行ってくれ」
「ひぇひぇひぇ……しがない穴掘り屋の俺に、ダガーを持って戦えと?」
「そうはいってねぇ、ただ、無いよりはマシだという話だ」
「……ないほうがマシってこともあるがねぇ……例えば“旅に女”とかね、ひぇひぇひぇ……」
穴堀り屋はそういうと、大馬のほうに足音もさせずに忍び寄り荷袋に手を突っ込んだ。がさごそと探ると抜き身の三角小型剣を取り出して、じっくりと眺めている。奴はどこか不敵に笑った。俺は奴にくぎを刺した。
「道案内を買って出てくれたことには礼を言う……しかし、悪いが、俺はお前さんを信用しているわけじゃねぇ。万が一にでもお前さんがビセに何かしやがったら容赦はしねぇぞ」
「ひぇひぇひぇ……安心しな、俺は穴を掘るだけであって、誰かを殺めたりはしねぇさぁ、あくまでも穴を掘り、死体を埋めるだけさぁ……」
穴掘り屋はそう言い残すと、くるりと向きを変えてもと来た道を進み始めた。ビセの姿はもうとっくに消えていた。俺はいったん大馬とともに監視塔の中にはいり込んだ。
中は煉瓦に囲まれた、まあるい空間。奥の壁にさびた梯子がかかってあり上に伸びている。俺はそのまま見上げた。梯子の先に上階であろう木の天井。吹き抜けというよりは、上階の木の床が壊れて抜けているだけだな。埃とカビのにおいが充満したこの場所は、お世辞にも居心地のいい場所とは言い難い。が、仕方がない。俺は大馬を壁際に寄せると、背中に担いでいたリラを慎重に床に寝かせた。そして隣に座り込む。
「はぁ……なんだか、予想外に時間を食いそうだな。まずはビセの戻りを待つか……」
俺一人だけならば何とでもなるんだが。連れがいる旅というものがこれほどまでに手間だとは。リラがかつて“ぬいぐるみのキャンディ“だった頃は、ポケットに入れれば済む話、だったのだ。だが、キャンディがリラになったがゆえに、こうして世話をする羽目になっちまう。
大いなる誤算だ。こんなことならば、きちんと武器や防具、呪具もきちんとそろえて行動しなきゃならんな。この街での目的がすめば、いったん装備品の買い出しにでもでるかな。俺はリラの顔にちらりを目をやる。額の汗もおさまり、今は穏やかに眠っているようだ。さっきの盗賊との戦闘では、早く二人を守らねばという思いから早まった。相手の武器や位置をろくに確認もせず、呪具をとりに行ってしまったからな。
今後はリラとともに解呪の仕事を受けることになるのだろうか。だとすると、リラとの間にある程度の”旅の取り決め”はしておいたほうがよさそうだ。俺はしばし目を閉じた。
ふと、物音で目を開く。入口に目をやるとビセの姿が見えた。帰ってきたか。俺はその場ですっと立ち上がり、うつむきがちのビセに声をかけた。
「大丈夫だったか」
「うん」
「ま、無事で何よりだ」
「ウル、さっきはごめんね……アタシのわがままにつき合わせちゃって」
「いいさ。俺もきつく言って悪かった。あいつの墓はつくれたのか?」
「うん、穴掘り屋さんが近くの墓地にあの子を運んでくれて、運良く手伝ってくれる人もいたから、一緒に埋めてきた」
「そうか、それならよかった」
「リラは大丈夫?」
俺は静かに横たわるリラに目をやる。まだしばらくは起きそうにない。俺がビセに目をむけ直すと、ビセの後ろから穴掘り屋が姿を現した。穴掘り屋はビセの横をすり抜けて俺のそばまで来ると、手を差し出す。そこにはさっき渡した二本の三角小型剣が乗っている。穴掘り屋は小さく話す。
「ひぇひぇひぇ……この武器の出番はなかったよ、もっとも出番なんかがあったら俺たちはここに戻れなかっただろうがね……ひぇひぇひぇ。さぁ、もう一息だ。デウヘランのいる教会の跡地へ案内しようか」
俺は小さくうなずいた。




