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ラズモンの街の唯一の良心だってさ



 俺はひとまずリラとビセの無事を確認してほっとする。


 盗賊どもは、地に転がりながらぎゃあぎゃあと、わめき散らしている。ちっ、とりあえずそこでしばらく騒いでやがれ。真の暗闇の恐怖というものをたっぷりと味わうがいい。


 俺は、はや足で二人に近寄る。二人はその場にしゃがみこんでヤクーを眺めている。ビセがいましがた息絶えたヤクーの前で両膝をつき、優しく体をなでていた。ビセは目をぬぐいながらうつむく。そして、震える声で小さくこぼした。




「……痛かったでしょうに……ごめんね……」




 リラがビセのよこにすっと寄り添いはなす。



「この子、もう息が……私の魔術でも蘇生まではむつかしいんです……」

「ううん。リラ、無理しないで。あとでこの子のお墓を作ってあげましょう」

「……そうですね」



 感傷に浸るのは好きじゃねぇが、今はかける言葉が見つからねぇ。俺たちの足元で横たわるヤクーは薄く目を開いたままピクリとも動かなかった。真横から首元の急所を一突き。ヤクーのいのちを奪った鉄の矢がギラリと鈍く光った。


 その時、少し後ろから、いななく声が低く響いた。これは大馬のなき声。俺はすぐさま振り返る。




「あいつ、まだ、生きていやがる。なんて丈夫な奴だ」




 さっきまで、地に寝そべっていたはずの大馬は首をたてにおこしていた。前足の膝を地にこすりつけながら立ち上がろうと必死に体を前後に揺らしている。俺が大馬に向かおうとした、その前。俺をあっという間にリラが追い越した。リラは大馬に駆け寄ると、矢の刺さった首に手を当ててじっと見つめている。そしてこちらに向かって叫んだ。




「ウル! はやく矢を抜いて! この子はなんとかなりそう!」

「お、おう!」




 俺はリラの声に引き寄せられるまま大馬に駆け寄ると、大馬の体を確認する。全身からぶっとい鉄矢が数本伸びている。俺は、大馬の横に転がった荷袋から適当な布切れを取り出すと、ぐるぐると両の手に巻きつけた。


 まずは首元に駆け寄り刺さった矢を握る。ぐっと絞るように指で矢を包むと、ねじりながら思いっきり力を込めて引き絞る。




「ちょいと、いてぇぞ、我慢しろよ!」




 俺は大馬にそう告げると、一気に全体重を腰に乗せてうしろに引く。メリメリと肉が削り取られる感触。矢を通して大馬の激痛が俺の手にも伝わる。ああ、もう、こっちも痛い。大馬は案の定、悲鳴を上げながらガクガクと体を震わせた。


 ずりっと矢が抜けると、傷口から真っ赤な血しぶきが飛び散る。しかし、そばにいたリラがすぐ傷口に手をさしあてて、何かを唱えた。リラの手元がぼんやりと青白く光り始めたかと思うと、血は一気にかたまりあっという間に出血が止まる。傷口はすでにかさぶたになりつつあった。



 尻もちをついた俺を横目に、リラはすぐさま俺に振り返り発破をかける。




「ウル! 次よ! 矢はあと4本もあるんだから!」

「お、おうよっ!」




 俺は今抜きとったばかりの矢を地に投げ捨て、手をついて勢い良く立ち上がると、次の矢を引き抜く態勢に移った。リラの奴、治癒術まで扱えるのか。こいつは、まさに万能だ。


 この時代、治癒術を扱える紋章師は稀少だというのに。こりゃ、宮廷魔術騎士団の勧誘部門(スカウト)に見つかると非常に厄介だ。ま、リラの奴があんな連中の甘い言葉に引っかかるとも思えんが。










 大馬の矢をすべて引き抜き、その傷口にリラが治癒術を施すと大馬はゆっくりと立ち上がった。


 それなりの出血量だ。まだ鼻息も荒いし、ふらついているようにも見える。しかし、どうやら生命の危機は脱したようだ。俺は血でびしゃびしゃになった手元の布をねっちょりとはがす。布切れは含んだ血の重さで地にすべり落ちた。その時、鼻をつくのは独特の鉄臭いニオイ。


 おおお、は、はやく手を洗いたい。


 リラのほうを見ると、リラの手も上衣(チュニック)の袖も、血まみれに濡れていた。俺はリラに声をかける。




「お、おい、リラ……大丈夫か、お前……」

「うん、なんとかね。でも治癒術といっても完全に回復するわけじゃないから、この子にはまだ無理をさせちゃダメよ……、もう……すこし休ませ……な、きゃ」

「お、おい!」




 ふらりと膝からくずれ落ちたリラを、すんでのところで抱きかかえる。リラの体はぐったりと熱かった。魔力切れだろうか。とにかく、大馬もリラも休ませなくては。それにビセも少しショックを受けているようだし。まいったな、こりゃ。


 俺がどうしようか思案していると、いつの間にか俺のすぐ隣に“穴掘り屋”の男が音もなく立っていた。俺は思わずびくりと身を引く。




「おわっ! おどろかすない! こう見えても俺はすんごいビビりなんだ!」

「ひぇひぇひぇ……わるいな……しかしアンタら、紋章師のご一行とはなぁ……アンタらの墓を掘るつもりが、最初にあのヤクーの墓を掘る羽目になるとは、ひぇひぇひぇ……あのヤクーの処理は任せな、きちんと墓に埋めてやろう……それとも、ヤクー肉として焼いて食うかい?」

「おいっ、お前はあそこで涙を流している女の姿が見えねぇのか、そんなことをビセの前でいってみろ、ただじゃおかねぇからな」

「ひぇひぇひぇ……この街じゃ死んだ動物はなんでも食い物にされるのさ……しかし、俺に任せてくれれば、きちんと(とむら)ってやるさぁ……。どうだい、穴掘り屋の仕事の大事さがわかるだろうて……ひぇひぇひぇ。俺はこのラズモンの街の唯一の“良心”なのだから……ひぇひぇひぇ」

「へっ、よく言うぜ。次にお前に埋められるのが、俺じゃないことを祈っておくよ」

「しかし、あの盗賊どもはどうするんだい……今ころしてしまえば俺があいつらもついでに埋めてやるがね、ひぇひぇひぇ」

「あの目くらましの呪いの魔術はそのうち切れる、それまでは勝手に苦しんでるがいいさ、命まで奪う気はない」

「……ほぅ……命まで奪う気はない……か、こりゃいい、傑作だ。ひぇひぇひぇ」




 何がおかしいのか、穴掘り屋はまた奇妙な笑い声をあげた。


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