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穴掘り屋



 森の中に突如として現れたラズモンの街。


 入口の崩れた石門をくぐる。まわりに警戒しながら俺たちは進んでいった。あちこちの崩れかけた石造りの建物から空気が揺れる気配はするものの、人影は見えない。どうにも不気味な街だ。俺は隣のビセに目をむける。ビセはヤクーの背に乗り、こちらに寄り添うようにして進んでいる。




「ビセ、廃墟ではあるが……随分と大きな街だな」

「ええ、もともとこのラズモンの街は、隣国のアスドラ帝国からの侵入を防ぐための防波堤のような役割を持っていた街だったからね」

「それが随分なありさまだな」

「腕っぷしの強い戦士たちが集まる町だったんだけどさ。アスドラ帝国がおとなしくなってからは、この街に集まった荒くれ者たちが幅を利かせて、普通の住民はみんな逃げだしちゃったらしいの。それからは人が寄り付かなくなって、いまじゃほとんど廃墟ね」

「なんとも滑稽な話だな。共通の敵を失ったとたんに共食いが始まるってか……ところで、さっきから後ろからついてくる奴がいるが、あれはお前の知り合いか?」

「え?」



 ビセは顔色を変えてパッと後ろを振り返った。そしてすぐ俺に向き直る。小声で俺に告げる。



「……知り合いなわけないでしょ……ウル、気づいてたの?」

「まぁな、何をしてくるでもないから放っておいたが」




 俺はちらりと後ろに目をやる。すすけた黒いボロをまとった男が一人。肩に大きな(くわ)を担いでしずしずとついてくる。棒切れのようにやせこけた腕が痛々しい。俺は大馬の手綱を引いて動きを止めた。小声で背中のリラに、大馬から降りる、と伝えて一緒に飛び降りた。



 俺たちと動きをそろえるように、後ろについてきている男も少しの距離を置いて立ち止まる。青白くこけた頬、落ちくぼんだ目に精気はなく、よどんでいる。肩までの黒い髪は乱れている。俺は男に声をかけた。




「お前さん、街に入ってからずっと俺たちについてきているが。内気で話しかけられないってわけでもないだろう?」

「ひぇひぇひぇ……きれいな小娘がふたり……こいつぁ、穴が必要になる」




 男は突然奇妙なほど高い笑い声をあげた。おい、穴ってなんだ。まさか、真昼間から下ネタか。俺はずいっと前に進み出て、やせっぽちの男に話しかける。




「よくわからねぇが、俺たちに何か用なのか?」

「ひぇひぇひぇ……俺は穴掘り屋なんでぇ、こいつぁ、穴が必要になるぞぉ……」

「穴掘り屋?」

「そうさぁ……穴を掘ってそこに埋めるのさ、お前たちをな……ひぇひぇひぇ……」

「ったく、いったい何の話をしていやがるんだ」




 その時、俺の後ろにいたリラが小さくつぶやいた。




「ウル、穴って……お墓の穴の事じゃない?」

「墓? ああそうか、俺はてっきり……あ、いやなんでもない」

「……私ね。さっき見えたの。この街に入る手前、道から少しそれたところに、いくつかの墓石みたいなものがあったから」

「へぇ、じゃこいつは俺たちの墓を作るための穴掘り屋ってことか」

「……よくわからないけど、そういう意味に聞こえる」

「お気遣いはありがてぇが、こんなところで死ぬ気はねぇな」




 俺は男に向き直る。ついでだ、こいつに聞いてみるか。




「俺たちの墓を掘ってくれるってんなら、そりゃどうも。だったら俺たちの死を見届けてくれよな。でだ、俺達はある人物を探しているんだが……ラズモンの街のこの番地はどこをさしてるのか教えてくれないか」




 俺は男に歩み寄り、ペセタル・イルグランから預かったこの街のある番地がかかれた羊皮紙を取り出して男の顔の前にひろげた。男はふいっと顔を上げて羊皮紙を見つめるが、また笑いながら話す。




「ひぇひぇひぇ……わるいが俺は学がなくてな。字が読めないから、読んでくれないか」

「そうか、失礼した。ラズモンの街、西南地区、マルカブア通り4番地、9号の教会……」

「あぁ……そりゃちょうどいい、デウヘランの住んでいる教会の跡地だよ。いまは墓地になっているがね。お前さんたちは墓地に行く運命なんだな、ひぇひぇひぇ……俺の目に狂いはなかったな、ひぇひぇひぇ。どぅれ、俺が墓場までの道案内役をしてやろう」

「そうか、すまないな、ええと。お前さん、名前は?」

「……なまえなんてとっくに捨てたねぇ……おれはしがない穴掘り屋さぁ。穴掘り屋で十分さぁ……ひぇひぇひぇ」




 男は嬉しそうに笑うと鍬をぐいと肩に担ぎなおす。そして、俺たちをかわして先に歩き出した。俺達は互いの顔を見合わせてから、ひとまず男の後に従った。


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