ラズモンの街へ
その日の夕方。
俺は安宿の食堂でビセとリラとともにテーブルを囲み、夕飯を食べていた。
目の前では隣同士。ビセとリラがぴーぴーと鳴くひな鳥のようにやかましく今日の出来事を話している。その時、ふいにビセが俺の顔を覗き込むようにして聞いてきた。
「さっきからどうしたの、ウル? なんだか浮かない顔しちゃってさ。あ、も、もしかしてさ、アタシがリラを独り占めしているからって妬いてるの? やだぁ、おじさんの嫉妬?」
「そんなわけあるかっ!……でもよ、とっても楽しそうなところ悪いが、今日でリラの独り占めも最後だ。俺が届くのをまっていた“物”が今朝、届いたからな」
「ええええ!? うそ、アタシもっとリラと王都見学したいんですけどぉ? ね、リラもそうでしょ?」
ビセが、いたずらっぽい視線をリラに向ける。リラは二回、軽くうなずいた。が、容赦はせずに俺は続ける。
「そういうわけにはいかん。ビセ、そもそも、お前の要件は、俺たちとペセタル・イルグランの顔合わせだろ。それはもうとっくに済んでいるだろうが」
「そりゃそうだけどさぁ……」
「俺はもうこんなところから早くでてぇんだよ。王都なんかにいてもろくなことが起こりゃしねぇ」
「そういえばウルって王都に来る前から、なんだか浮かない顔してたよねぇ。今日はさらにその浮かなさが際立っているみたい」
「そうさ。王都には俺の“黒歴史”がゴロゴロ転がっていやがるんだよ」
「……黒歴史、まさか昔ふられた人にでもあったとか?」
「ぶっ!」
俺は口に含んでいた形のなくなった肉をふきだした。無残なかたまりはテーブルにへばりつく。
「きゃぁ! きったない! ウルなんかにふきだされたお肉さんがかわいそうだわ」
「うるせぇ! お前が余計なことを言いやがるからだろ」
「なに? もしかして図星? ほんとに昔の恋人にでもあったの?」
「とにかく明日は王都を発つからな、お前たちも準備しておけよ」
ビセとリラは何も言わずに、目くばせして肩をすくめた。とにかく、明日はまず移動用の乗り物を調達しなくては。俺は飯を済ませると早々に部屋に戻った。
王都の安宿から出発してはや数日。
ようやく王領を抜ける。王領の一番外側にある外壁である第三の隔壁の検問所を通り抜けると、とたんに目の前にのどかな田園風景が広がった。
ここがイルグラン領だ。七貴族の一人ペセタル・イルグランが治める領土。
俺は大馬の手綱を引き絞り、後ろを振り返る。俺の背中にしがみついて乗っていたリラも一緒に振り返った。
俺たちの乗る大馬のすこし後ろからヤクー(移動用の小魔獣、ヤギに似た生き物)の背に乗ったビセが、ポッカラ、ポッカラと足音をさせて向かって来る。ちんたらと遅い。俺の視線に気がついたのか、ビセが言い訳するように声をあげる。
「ちょっとまってよ、大馬とヤクーじゃ速さが違うんだから」
「ちっ、これじゃ大馬を手に入れた意味がねぇ」
「アタシは大馬なんかに乗れないんだから仕方ないでしょ」
「だから別に一緒に来なくてもいいって言っただろーが」
「そんな冷たいこと言わないでよ。それに、ここはイルグラン領。アタシの庭なんだから。道案内は必要でしょ」
「……はぁ、ま、そりゃそうだが」
「それにね、今からウルたちがむかうところはあんまりいい場所じゃないんだから、アタシがいたほうがいいって。なにせ『ラズモン』の街はいろいろと物騒なんだから」
これから向かうのはイルグラン領のとある森の中にある『ラズモン』という街だ。ビセの話では、ならずものや浮浪者達が集まるような土地だということだが。俺もイルグラン領などに来るのは生まれて初めての事だから、土地勘のある人物がいるというのは心強くもある。ビセはヤクーに乗りながら、俺とリラの乗る大馬の隣に並ぶとこちらを見上げた。
「なんかずるいわね、そっちばっかり立派じゃないの」
「ビセ、お前あちこち旅する身なんだったら大馬ぐらい乗れるようになっておいたほうがいいぞ」
「アタシ、いつも移動の時は、送迎馬車を雇うからさ」
「怠惰な奴め……ま、時間があれば大馬の乗り方ぐらいは教えてやるよ」
「え? ほんとに!? じゃお返しに、アタシの歌を聞かせてあげる。この歌はねぇ……」
ビセは俺が聞きもしないのに歌に秘められた物語を話し終えると、声を高らかに歌い始めた。ったく、今回は本当に騒がしい道中だ。俺はビセの歌声に耳を傾けながら、道を先に進み始めた。
いくつかの夜を明かし、俺たちはついにラズモンの街にたどりついた。街というよりもまるで廃墟だな。崩れ去った街の入り口らしき石門をくぐりゆっくりと進む。後ろからヤクーにのったビセの声がする。
「ウル……ほんとにこの街に入るの?」
「この街に俺のあわなきゃならん奴がいるんだから仕方ねえだろ。嫌なら外で待ってろよ」
「余計いやよ」
「じゃ、とにかく離れるなよ」
俺たちはラズモンの街に入り込んだ。