呪いの心臓は、小妖精フェイヨン族の心臓
俺はカウンターを後に玄関ホールをさらに奥にすすんだ。ホールを抜けた途端、吹き抜けの天井。俺の視線は自然と天井につられる。天井はアーチ形になっているが、一面にびっしりと幾何学模様が描かれている。何かの魔術陣のようにも見えるが、もしかして盗み防止の結界術かなにかだろうか。
俺は見上げながらゆっくりと歩を進める。詩歌、叙事詩、歴史や神話。植物や動物の様々な知識がこの建物のあちこちにまるっと保存されていると考えると、ここは未知なる宝の山だな。
左右に視線を伸ばすと、両脇からせまりくるような本棚が天井まで高く連なっている。
ほどなく右手、本棚の隙間にある質素なテーブルのうえに、まんまるの水晶石がふかふかの毛布の上に飾られているのが見えた。俺は歩み寄ると水晶石の中を覗き込んだ。人頭ほどの大きさ、水のように透き通った水晶石。向こう側の毛布の模様が透けて見えちまう。ふと周囲を見回すと、同じような水晶石の置かれたテーブルが本棚と本棚の間を埋めるようにあちこちにおかれていることに気が付いた。
「これがうわさに聞く“検索の水晶石”か」
この不思議な水晶石はこのおおきな王立図書館の名物となっている。この水晶石の中にここにあるすべての書物の名と、その書物が保管されている場所が記録されているそうだ。俺は目の前の水晶石の表面に右手の人差し指をつんとおいて、文字を書いた。“心臓”と。するとうっすらと光る水晶石の奥に白い文字列が浮かび上がる。おそらくこれが“心臓”に関する書物の書名だ。おもわず口から言葉がもれでた。
「うっひょ……こいつはすげぇな……」
いったいどんな種類の魔術を組み合わせて術式をかければ、この水晶石にこんな複雑な作業を行わせることができるのか。
この検索の水晶石を作ったのは、ここ王都にある宮廷紋章調査局にいるある紋章師だと聞いたことがある。やはり王都にいるエリート紋章師の連中というのは確かにすごいやつらのようだな。俺には想像もつかない。
が、感動していたのもつかの間、水晶石に浮かび上がる書名の数がおおすぎる。
俺は水晶石に指をあてて上に飛ばすと文字列は下にスクロールしていく。流れていく書名に目を通すが、いまいちピンとくる題名は見当たらなかった。
俺は検索の言葉をいろいろと変えてみた。
“様々な心臓”
“臓器”
“異種族の体の構造”
“医術辞典”
その時。
「ん?」
一つの書名に目が留まった。俺はその書物の名である“様々な種族の急所の構造に関して”という文字を指で強くおした。すると記号が浮かぶ。山羊の記号と4つの数字。これがこの書物がおいてある場所だ。俺はその記号と数字を頼りに迷路のような図書館の中を進んだ。
ここ『ゼデク王立図書館』の本棚の側面には様々な動物の記号が描かれている。俺は本棚を見上げながら進み、山羊の記号をさがす。いくつかのホールを抜け、お目当ての山羊の記号が刻まれた棚を見つけた。棚の前に回り込み、書物の背表紙の下にある番号を目でなぞっていく。
見つけた。俺はすっと手を伸ばし、ある書物を引きぬいた。手元で表紙を確認する。ずっしりとした分厚い革表紙は光沢があり、傷も少ない。見た限り比較的新しそうな書物に感じる。おそらく写本だろう。
“様々な種族の急所の構造に関して”
俺は表紙をひらき、茶けたページを慎重にめくりながら目を通していく。人間族や亜人族、エルフやオークなどの体の構造の詳細なスケッチ、各部位からよこに線を引っぱり、殴り書きのような乱雑な文字が並ぶ。医術者の落書き帳といった印象を受けるが、実に詳細だ。俺はあの“マアトの天秤”の右の皿に乗っていた心臓を頭におもいうかべる。
あの心臓はとても小さかった。そして、人間族の心臓ではなさそうだったのだ。俺だって別に自分の心臓の形なんてものを知っているわけではないが、あの心臓は明らかな特徴があった。さほど大きくはない、拳ほどの真っ赤などんぐりのようであり、そのどんぐりの表面に三又の太い血管がはりついていた。
あの心臓の形を思い浮かべながら、いくつかのページをめくるうちに、一つのスケッチに目が吸い寄せられた。どんぐりのような肉の塊のスケッチ。なんだかよくわからない専門の言葉がそこここに書き殴られている。形としてはあの心臓に一番近い。その心臓の種族は小妖精族。背中に形ばかりの透明な羽をもつ、小柄でひ弱な種族だ。
「……フェイヨン族の、心臓……?」
確信はないが、この心臓のスケッチを見る限りはそのように思える。何かの手がかりにはなるだろう。俺はその書物を最後まで一通り見終わると本棚に戻した。次に、ぐるりと周囲を見渡す。これだけの書物があればいくらでも時間がつぶせそうだ。幸いにも人が少ない。俺は様々な本棚を巡ることにした。




