奇人の館★
今日の酒場は町はずれにある小道の奥。『ミュウミュウの酒場』という妙な名の店。
聞くところによると、この店の女主が人間族ではない異種族のようで、客層も異種族が多いようだ。
薄暗く、こじんまりとしたカウンターバー。
客も一人客が多いようで、哀愁ただよう孤独な背中が並ぶ。
その中、偶然にも隣に居合わせたのは額から角の飛び出た緑色の顔をした異種族の男。
そいつの話によるとランカが通っているあの宿は俺の読み通り娼館。
ただ、少し変わった趣向のある娼館という事だった。
酒に酔った男はしんみりとした店内で、俺の耳元で囁くように話す。
あまったるい酒の匂いがぷうんと鼻をつく。
「あそこは特別な娼館だぜぇ。ひひひ。おまえさん随分とマニアックなところまでいっちまったんだな」
でっぷりと肥え太った男はオス特有の、あのいやらしい笑みで得意げに言った。
「マニアック? 俺はいたってノーマルだが」
「ノーマルがあんなところに行くかよ。あの娼館はな、奇人の館と呼ばれていな。普通の女じゃ興奮しない変態野郎どもがかよう娼館だ。女のほうも特殊な奴が多いって話だ」
「ほう……き、興味あるな。た、たとえばどんな?」
「乳が4つある女だとか、巨体の女だとかがいるって聞くぜ。とんでもなく醜い女もな。ひひひ。ホントかどうかはしらねぇがな。おれも怖いもの見たさで行ってみたいが、なんせべらぼうに料金が高いんだよ、金持ちしかいけねぇよ、ひひひ……」
男は手に持っていたグラスをちびちびとなめながら、下卑た笑い声をあげた。
それにしても。一見堅物のランカがそんないわくつきの娼館に通っているとは。
精力をもてあました若い男が、女の肉体を求めるのはごくごく普通の事だが。それ以上のなにかがあの娼館にあるのだろうか。
考えていた俺の耳元に隣の男が息を吹きかけた。途端に、ぞわりと悪寒がはしる。
「ひぃぃぃっ! な、なにしやがる!」
「ひひひ、いや、なにかイケナイ妄想でも膨らませているのかと思ってよ。アッチのほうもふくらんでないか?」
「大丈夫だよっ、お前さんじゃあるまいし」
「ま、いずれにしろ、あの娼館に入るならばそれなりのカネは準備していった方がいいぞ」
男はそういうと「ひひひ」と小さく笑った。
ある夜。
俺はランカの後を追い『奇人の館』の前で待機していた。
ランカが奇人の館の扉を開けてうつむきがちに出てきた。
ランカは一度立ち止まると、ヴェールの女に何かを手渡し、まるで人目をさけるようなそぶりで足早に去っていった。
ランカの姿が完全に茂みの向こうの道に消えてから俺は立ち上がった。
なんだか、とても緊張する。いろんないみで。
俺は奇人の館の前まで進み、重厚な木の扉を軽くノックした。
ほどなくして扉がぎぃと開き、中から黒いヴェールをまとった女がうつむきがちに姿を現す。
どこか現実味の無い女は何も言わずにゆっくりと手招きをした。その手の動きすらまるで実体のないケムリのようだ。
俺は招かれるがまま中に誘いこまれた。
汗に交じった媚薬の香りに湿っぽい空気。
あまい雰囲気が全身にまとわりつく。これだけで、少し妙な気分にさせられる。
薄暗くオレンジに照らされた室内。
まばらに置かれたあちこちの椅子にほとんどハダカと言ってもいい女たちが物憂げな表情で座っている。
皆こちらを興味深そうに眺めている。
レース地の透けたケープローブからのぞく陶器のように白い太ももは、程よい筋肉と脂肪に包みこまれて、すらりと伸びている。上向きにツンと突きだした乳房の上からかぶさる薄手のローブが、さわりとゆれる。
俺は女達がいる部屋の中央の椅子にほとんど無理やりに座らされた。
居心地が悪いったらない。まるでこちらが娼婦たちに品定めをされているような気さえする。
すっと周囲に視線を移す。俺と目が合った女たちはみな口元に笑みを浮かべて、指をチロチロと動かしながら手を振ってくる。俺はどことなく拍子抜けした。
(酒場で聞いた話だと、変わった趣向の店のはずだが、あんがいと普通、のような……)
誘うような女たちに視線を奪われていると、それをさえぎるようにヴェールの女が何も言わずに俺の前に立った。ヴェールの女は幽霊のようにその場に立ちすくんでいる。
この女たちの中から選べという事だろうか。そこで、俺は首を横に振ってみた。
ヴェールの女はすこし思案したような仕草の後、奥の部屋に引っ込み、ほどなくして目の前に戻る。
手には何枚かの羊皮紙。それを俺にすっと差し出した。
俺は流れのままに、その数枚の羊皮紙を手に取り眺めていく。
ある紙には、丸々と太ったような大きな女の絵、ある紙には全身黒く塗りつぶされた女の絵、ほかにも手足のない女の絵などがあった。俺はさらに首を振ってヴェールの女を睨んだ。
ヴェールの女は一瞬困ったように固まり、また奥に引っ込んだ。そして再びさっきとは違う何枚かの絵をみせる。俺はすべてに首を振る。
すると、ヴェールの女が諦めたように横に首を振った。
これ以上はいないという意味だろうか。
そこで俺は口を開いた。
「さっき出て行った男が選んだ女は?」
ヴェールの女は手元の羊皮紙を折りたたみながら、少し首をかたむけた。俺は続ける。
「俺は、他人が抱いた直後の女に興奮する性癖の持ち主でなぁ。さっきの男が抱いた女はどいつなんだ?」
その言葉を聞いていた、周囲の女たちがクスクスと忍び笑いをする。中には露骨に感嘆の声を上げる女もいた。
ヴェールの女はうなずいた。そして一枚の絵を俺に差し出した。その絵には女が描かれていた。全身が真っ赤な色で塗りつぶされている女が。この絵が、どういう意味なのかは分からないが、俺はうなずいた。
するとヴェールの女は右手の指を大きく開いて俺の顔に持ってきた。
5枚という意味か。
俺は腰袋から金貨5枚を抜き出してヴェールの女に手渡した。
ヴェールの女は金貨を受け取ると頭を下げて、俺についてくるよう屋敷の奥に手を差し示した。
俺はゆっくりと椅子から立ち上がった。