お手紙作戦成功
遅い昼めしで腹ごしらえをした後。四角いテーブルを囲み俺たちは一息つく。
さて、もうぼちぼち偽物のミーゴスの正体がばれているころだ。俺はちらりと本物のミーゴスに目をやる。ミーゴスは隠しきれない好奇心できょろきょろと食堂を見まわしている。こんな安い宿屋の食堂ですら見るのが珍しいという感じだ。
その隣でかた肘をついていたビセがあくびをしながら話す。
「で、ウル。どうやってペセタル様と連絡を取るつもりなのよ。この子を使うって言ったって、この子に何ができるとも思えないけど」
「宮廷の中に入れるのはこいつだけだ。今回の依頼主っていうペセタルに手紙でも渡してもらうか」
「ええぇ!? ちょ……それ、本気で言ってるの?」
「ああ」
「もうやめてよ~……そんな単純な作戦なんだったら普通にイルグラン領まで行けばよかったじゃない。アタシたち宮廷魔術騎士団をあざむいたことになるのよ? 下手すりゃ牢獄行きよ」
「いろいろ考えたがこれが一番いい方法だ。宮廷は結界術も張られているだろうし、下手に魔術を使ってなにか小細工するよりよほどいいんだよ」
もちろんミーゴスに手紙を託したところで、ミーゴスから直接ペセタル・イルグランに手紙を渡す事は無理だろう。しかし、大貴族の子息が旅をするとき、必ずそいつには信頼のおける侍従か、護衛の騎士が付くはずだ。そいつにうまくつなげれば一気にこの“お手紙作戦”の成功率は、はね上がる。俺はミーゴスに視線を移して聞いてみる。
「ミーゴス、今回王都に来るにあたって、お前を守る侍従か護衛が複数人いるはずだ。護衛と聞いて、いま一番最初に頭に浮かんだ人物の名は?」
「いちばん、さいしょ……ティリアナ、かな」
「ティリアナ……意外ではあるが、名から察するに女か?」
「そうだ。ティリアナは僕の護衛騎士“矛の紋章師”だ」
「そいつはお前の命令ならば、死をも選ぶと思うか?」
「ティリアナは、必ずぼくをまもってくれる。ぼくのために、魔物と戦って一度死にかけたことだってあるんだ。でも、そんな時でもティリアナはぼくにこういった。あなたが死ぬことは、私が死ぬことって……」
ふむ。ティリアナか。こいつの口ぶりからある程度は秘密を守れそうかな。俺はミーゴスに告げる。
「ミーゴス。お前に今から“手紙”を託す。その手紙をティリアナに渡すんだ。ティリアナに渡す時に、こう言ってくれ。“この手紙をイルグラン家のペセタル様に”と。その時、必ずティリアナは手紙の差出人は誰かとたずね、その手紙をお前の父親に見せるというだろう」
「う、うん」
「その時、どう返事をするかは……お前に任せる」
「……え? ど、どういう意味だ」
「言葉通りの意味だ。この手紙を必ずペセタルに渡す。それが今回の作戦だ。その作戦のカギはお前が握っている。しかし、もしも俺たちのことを誰かに話したり、作戦が失敗したなら、どうなるかわかっているだろうな。お前の髪の毛が人質だ。俺の魔術を使ってお前の分身を作り“いろんなこと”をしてやるからな」
「……ぐっ、くそう」
「さ、また赤マントどもが騒ぎ出す前に、お前を宮廷のまえまで送り届ける。俺の呪具でひとっとびだ。心の準備はいいか」
俺は呪具『血塗りの革靴』(移動性を著しく上昇させる呪いの道具)を使ってミーゴスを背負い宮廷前まで連れていく。屋根から屋根へ飛び跳ねる。ミーゴスは俺の背中でひゃぁ、とか、うわぁとか言いながら肩に必死にしがみついていた。そして、ようやく宮廷前にある“太陽の大門”の付近にたどり着いた。
俺は人目のない路地へ降り立ち、ミーゴスを背中から降ろした。ミーゴスはがたがたと震えながら俺を見上げる。
「こ、怖かったじゃないか。ぼ、ぼくは高いところが苦手なのにっ」
「知らねぇよ、そんなことは。いいからさっさと行きな。ここからは俺はいけねぇからな」
「いいのか、ぼくがお前たちのことを警備兵に話したら、すぐにつかまえにいくぞ」
「ミーゴス。お前、リラにそんなひどい仕打ちをするのか?」
「なんだと」
「楽しそうに一緒に王都の見学をしてただろ。少しの時間だったが、あんな優しい女の子を赤マントどもに捕まえさせて、牢獄に入れるつもりなのかよ」
「そ、そんな、そんなことは……」
「俺はお前を信じてるぜ。あとは任せた。じゃあな」
「お、おいっ」
俺は膝をおとすと一気に空へ飛びあがる。そしてふわりと屋根の上に降り立った。小さくなったミーゴスを上から見下ろして小さく手を上げた。ミーゴスは背中をむけて宮廷へと駆けていく。俺はその背中に願いをかけた。
「たのむぜ、ミーゴス・べリントン。俺の甥っ子よ」
必ず、ペセタルに手紙を渡してくれ。
ミーゴスに渡した手紙には、今夜、指定の時間に指定の場所に、ペセタルかその代わりの人物をつかわせてくれるようにという依頼内容を書いている。今夜、そこに誰かが現れなければ作戦は失敗だ。早々に王都を出なくてはならない。俺は宮廷に背を向けて、宿を目指した。
その日の夜。
月明かりが白く照らす噴水広場。俺たちの泊まる宿からそう遠くない場所で俺は噴水を背に待っていた。あたりは薄暗く人通りはない。夜空に伸びる街灯にともり始めるのは、青く光る魔術の炎。さすが王都だ、あちこちに魔術的な仕掛けがちりばめられている。ふと、空気が揺れた。
俺が視線を向けた先、そこには大きな馬に乗り、黒いローブを頭からすっぽりとまとった人物がいた。俺はその人影を見上げて名乗った。
「俺は呪いの紋章師、ウルだ。お前さんは?」
「ごきげんよう。いい月夜ですね。わたくしは、イルグラン家領主、ペセタル・イルグランです。ビセからの手紙を受け取りましたよ。呪いの紋章師ウル殿」
「これは、これは、まさか本人が直々におでましとは」
「ほっほっほ。まだ、本人と決まってはいませんよ。もしかすると、わたくしはペセタル・イルグランの影武者かもしれませぬ」
「それでも十分ですよ」
「はて……どういう意味でしょうか?」
「いや、こっちの話」
今回の“お手紙作戦”は成功だ。ミーゴス、よくやった。
さて、ここでひと段落です。
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