昼食は4にんでね
宿屋にたどり着く途中、一度狭い路地に入ってから、俺は三人に箱馬車から降りるよう言った。俺から、箱馬車の馭者(騎手)にいくらかの支払いをして、このまま王都を出るように伝える。馭者は小さくうなずいて走り去っていった。
俺たちはその場で豪勢な箱馬車を見送った。ここから宿までは歩きだ。せまい路地を大通りに向けて歩きはじめた俺の耳に不服そうなビセの声が届く。俺は顔だけで振り返った。
「なんだよ、ビセ?」
「どうして、いちいち歩いていくのよ。馬車で宿まで行けばよかったじゃない」
「ばれるだろ。俺の“傀儡術”はいずれ効果が消えちまうんだよ。てことはだな、赤マントに連れていかれたヒトガタのミーゴスはいずれ元の白樟の人形に戻っちまうんだ。だとすると、次に起きることといえばなんだかわかるだろ」
ビセの隣に並んで歩くリラが答える。
「私たちを探しに宮廷魔術騎士団の人たちがやってくる」
「そうだ。だから、あの空っぽの箱馬車にはおとりになってもらう」
「でも、馭者さん大丈夫かな」
「ちょっとばかし赤マントから問い詰められるかもしれねぇが大丈夫だろう。客はここで降ろしたってことぐらいしか話せねぇんだし」
「でもウル、宿はどこにするの?」
「派手なところはダメだ。できれば王都で一番安い宿がいい」
ビセの悲鳴が聞こえた。そのビセの隣で「まぁまぁ」とたしなめるリラ。その二人の後ろからどこか肩を落としてついてくるミーゴスのしゅんとした顔。なんだか少し気の毒にも思えてきたな。さっきの威勢はどこへ行ったんだ。俺は前に向き直り大通りに出た。
大通り。見上げる視線の先には白亜の巨大な建物の列。整然とした街路はずっと遠くまで続いている。行きかう人波は活気に満ち満ちている。パッと見ただけでも様々な異種族が目に入ってくる。獣人、亜人、ひときわ大きなオーク族の背中も見える。
その時、立ち止まった俺を追い越していったのは、ビセでもリラでもなくミーゴスだった。ミーゴスは飛び跳ねるように周囲に顔を向けて感嘆の声を上げている。
「うわぁ……すごいや」
俺はその姿に少し驚いてしまった。俺はミーゴスのそばに進み話しかけた。
「なんだ、ミーゴス。お前、王都に来るのは本当に初めてなのか?」
「そ、そうだ。文句あるか」
「文句なんてねえよ。てかよ、何とかならんのかその口の利き方は」
「お、お前に口の利き方を指図される筋合いはない」
「はいはい。いちいち突っかかるな。とりあえず、お前の自由時間は限られているんだから、今のうちに好きなだけ王都を見学しとけよ」
「そんなことは、言われなくてもわかっているっ」
「ちっ、本当に心の底からかわいげのない野郎だまったく」
ミーゴスは「ふんっ」と言いながらまたあちこちを見まわしている。とりあえず子守は置いといて。さてさて、このあたりで地味でやすそうな宿を探すとするか。
大通りを抜けて北に進んだ路地を曲がりしばらく行くと、小さめの宿を見つけた。王都にもこういう庶民的な宿があるのだと感心する。ま、確かに王都といえど、貴族ばかりがいるというわけでもないからな。俺たちが建物の前に来ると入り口の前に小さな立て看板があった。そこには『旅人の宿』と書いてある。
入り口をくぐるとすぐ右手のカウンター奥に老婆が座っていた。俺が声をかけると老婆は快く応じてくれた。4人と伝えるとそれぞれ二人ずつの二部屋を準備できるとのことだった。男女で別れろってか。俺は受付を済ませると、宿の一階にある大衆食堂で、遅めの昼食をとることにした。
テーブルを囲みさっき頼んだ適当な料理が大皿に盛られている。リラが甲斐甲斐しく小皿に取り分けて、ビセと俺が口に運ぶ。新鮮な野菜に焼き立てのパン。うまい。というのに、ミーゴスの奴は一向に食おうとしない。手を下に組んだままうつむいている。ミーゴスの隣に座るビセがちらりと目をやり、右肘でミーゴスの肩を小突いた。ぐいっと体を押されたミーゴスは視線を上げてビセに悪態をつく。
「いたいな、なにをするんだ」
「アンタ。ほんっとに辛気臭い男ね。せっかくリラが料理を取り分けてくれたってのにどういうつもりよ。そんなんじゃ、女の子に絶対モテないわよ」
「う、うるさい。こんな料理食えるもんか、何が入ってるかわかったもんじゃない」
「アンタの顔に二つくっついてるその青くて丸いものは目じゃないの? 何が入ってるも何もみりゃわかるでしょ。こっちがニシンの燻製、これは大麦パン、これはキャベツと鶏肉のスープでしょ」
ビセがそういいながら大皿に乗った料理を指さす。しかしミーゴスもひかない。
「こんなパサパサした茶色いものはパンじゃない。パンはもっとふっくらと白いんだ。食器だってきたない。だれが作ったかわからない魚の料理なんて食えるもんかっ」
「誰が作ったかですって? アンタはなにかい。野菜もパンも肉も魚も、だれが育てて、だれが捕まえて、だれが焼いて、そんなことを全部知らなきゃ食べられないってわけ?」
「そ、そういう意味じゃない」
「じゃ、どういう意味……あ、もう答えなくていいわ。アンタとは話すだけ無駄。食べなくてもいいから、その失礼な口を永遠に閉じてなさい」
「な、なんだとっ」
「聞こえなかったの? その口を永遠に閉じていなさいって言ったの」
ミーゴスは、ぎりりと音がしそうなほどに唇をかんだ。ビセは「ふん」と鼻で笑って食事をつづけた。ミーゴスの向かいに座っていたリラが苦く笑う。そしてよどんだ場の空気を払おうとした。
「ま、まぁ、ビセさん。そんなに怒らなくたって……ミーゴス君もこういう場所での食事が始めてなんだろうし……無理して食べなくてもいいと思うよ」
ビセがリラに目をやり応える。
「リラちゃん、こういう子にやさしくしても、つけあがるだけよ。きっと何不自由ない暮らしをしているんでしょうね。いつでもお腹いっぱいご飯が食べられて、いつでも召使いがなんでもお膳立てしてくれてさ。ふんっ、自分でスプーンすら持てないんじゃないの」
「……もうビセさんったら。ね、ミーゴス君。私も王都に来るのは初めてだから、こういう場所で食事をするのも初めてなの。でも、ここのお料理すごくおいしいよ?」
「やめときなって、リラ……ん?」
突然、ミーゴスは右手をのばし自分の前にあったスプーンをつかんだ。そして目の前にあるスープの皿をひとすくいすると口に運ぶ。俺たちは三人とも黙ってミーゴスを見つめる。ミーゴスはゆっくりとスプーンを置いた。そして小さくつぶやいた。
「……い、いがいと、おいしいじゃないか……」
隣で見ていたビセは「なによそれ」と言いながら、呆れた顔で大きなため息をついた。リラが手を伸ばしてテーブルの中央にある大麦のパンをひとつちぎってミーゴスに手渡す。ミーゴスはそれを指先で受け取ると、口に運びかじった。もごもごと口を動かした後、また呟く。
「……ぱ、パンは……パサパサでまずい」
それを見ていたリラが噴き出した。手で口元をおおいクスクスと小さく笑う。それに気が付いたミーゴスは顔を真っ赤にして、口を開く。
「な、なにがおかしいんだっ」
「だって……大麦パンはパサパサなパンなんだもん。そんなのあたり前」
「だ、だからパサパサだって言ったんだ」
「だからさ、大麦パンは、パサパサのパンなんだっていってるのに」
リラはミーゴスの顔を見てさらに笑いをこらえていた。それからミーゴスはぽつぽつと食事を口に運び始めていった。