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べリントン家の家宝は、九獅子の指輪



 赤マント達の背中が街角に消えるのを見届ける。俺は馬車の小窓から顔を引っ込めてビセに話す。




「おい、ビセ。悪いがこの豪華な箱馬車ともおさらばだ」

「えっ、どうしてよ?」

「どうしてもクソもあるかよ。今は八頭会議が開催されている期間だろ。大貴族のお偉方が集結してる王都の中をこんな目立つ長距離用の送迎馬車なんぞに乗って動きまわりゃ、そりゃ警備中の赤マントに目をつけられる」

「はぁ……せっかくの豪華な旅だったのに」

「まぁ、いいじゃねぇか。この王都で俺の仕事の依頼主であるペセタル・イルグランに会えれば、俺たちを運ぶ旅も終わりなんだからよ。その後は好きにしてくれ」

「少し残念、せっかくリラちゃんと仲良くなれたのに」




 ビセはそういいながらリラに目くばせをした。リラはそれに応えるように小さく笑う。




「そうですね。私もビセさんと色々とお話しできてうれしかったです。とっても歌が上手だし、素敵です」

「くぅ~、うれしいこと言ってくれるじゃない。そうだ、もしもアタシの歌が聞きたくなったら、あいにきてよ。アタシの住んでるのはイルグラン領の酒場宿だから。また宿の名前を教えるわ」

「はい。きっと会いに行きますね」




 楽しそうに喜々と話す女子の会話に割ってはいったのはミーゴスの声。




「お、おい。お前たち、ぼくを無視するな。ぼ、ぼくもここにいるんだぞ」




 ビセとリラは口をつぐんでミーゴスを見つめる。ミーゴスはバツが悪そうにうつむき加減に俺たちを眺めている。俺はミーゴスに話す。




「お前な、ちょっとは理解しろよ。お前は俺たちに助けてもらったんだぞ」

「な、なんだと。ぼくは七大貴族べリントン家の一員だぞ。助けるのが当たりまえだ」

「はぁ……お前はべリントン家で一体全体どういう教育を受けているんだ。ま、とにかく俺の指示に従ってもらう」

「なんだと、どうしてぼくがお前なんかのいう事を聞かないといけないんだ」

「お前が俺のいう事を聞く理由だと? 助けてもらったお礼、という発想はないのか?」

「あたりまえだ。平民は貴族の命令を聞くものだ」

「あのなぁ、俺たちはお前に命じられてお前を助けたわけじゃない。もう仕方がない、お前が俺のいう事を聞かなくてはいけない理由を教えてやろう。お前さっきの俺の魔術を見たよな」




俺は腰を据えずいっとミーゴスの青い目を覗き込む。




「み、みたぞ……お、お前、野良(のら)の紋章師だな」

「そうだ。さっきの魔術は“傀儡術(くぐつじゅつ)”といってな、ある人物の体の一部をつかって、そいつとそっくりな分身を作ることができるんだ。この術は使いようによってはとても”有意義(ゆういぎ)”でだな。俺の手元にはまだお前の髪の毛が数本残っている」



 俺はミーゴスの顔の前に奴の銀の髪をちらつかせる。ミーゴスは何か言い返したそうな顔をしつつ、言葉を選びきれないように口元を震わせる。俺は続けた。



「わかるか。俺の“傀儡術”をつかえば、お前の分身はいくらでも作れるんだ。お前の分身を使って“悪さ”をすることもできる。例えば強盗、例えば殺人、例えば……もっとひどい事だってさせることができる。そして、その分身が行った“罪”に対する“罰”は本人であるお前に降りかかることになる。いいか、俺はお前を稀代の悪人にする事も、慈悲深い善人にする事もできるんだ」

「くっ……ぼ、ぼくを脅す気か」

「そうだ、これは脅しだ。俺のいう事を聞かないと、痛い目を見るのはお前だという事だ。これが“お前が俺のいう事を聞かなくてはいけない理由”だ。わかったか」

「ぐ……くそう。やっぱり野良の紋章師なんて、悪い奴らばっかりだ」




 ミーゴスは口を膨らませて黙り込んだ。ちょいとやりすぎたかもな。だがこれくらい言わなきゃ何をするかわからねぇガキだ。宮廷から抜け出してひと騒動巻き起こすとか、なかなか肝っ玉の据わった奴だ。俺とミーゴスのやり取りを真横で聞いていたビセが少し心配げに話した。



「ちょっと、ウル。少し言いすぎじゃないの?」

「助けてもらったら感謝をする。こんなことは基本だろ。それを言っただけだってのに、平民だの貴族だのわけのわかんねーことを言うからだよ」

「でも、この子が本当に貴族かどうかなんてわかんないでしょ。嘘かもしんないし」

「赤マントが大勢で探し回ってたんだ。あながち嘘でもないだろう」

「まぁ……それもそうねぇ」




 それに。今気が付いた。ミーゴスの右手、親指にはめられた指輪。これはべリントン家に受け継がれている指輪『九獅子の指輪(ネリオン・リング)』だ。見間違えるはずがない。


 かつて『八頭会議』が『九頭会議(くとうかいぎ)』だった頃。つまり、アラビカ公国がまだアラビカ家としてこのエインズ王国の一員だったはるか昔の時代に作られた指輪だ。

 ダマスカス鉱石でできた鈍く光る金の指輪。指輪についた傷の位置も俺が見た頃のまんまだ。


 七貴族の間ではこういった形のあるものを”家宝”として次世代に受け継がせる風習がある。それは指輪だったり、剣だったり、胸飾り(ブローチ)だったりいろいろだ。大概は高価で価値のあるものを家宝に定める為、財産をうけ次ぐという意味合いがある。そして、もう一つの理由としては身分の証明だ。


 指輪のフレーム部分に九匹の獅子が細かく彫られている指輪である『九獅子の指輪(ネリオン・リング)』。もちろん素人が見たって一見古びた指輪にしか見えないが、その価値を知るものが見れば、すぐにわかる。


 このガキは確かにべリントン家の人間なのだ。それに、俺の甥っ子、だよな。ろくな出会い方ではないが、ま、それなりに感じることはあるものだ。





 俺たちは馬車にゆられて、ひとまず王都の中にある宿屋に向かった。



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