ミーゴス・べリントン
さて、ここで視点はふたたび変わります。
主人公ウルの視点へと……。
やっとこさ、だ。
俺たちの乗る箱馬車はようやく王領の第三の隔壁の検問所を通過した。俺たちはついに王都に入り込んだのだ。王領に入ってから数日の間に、いったい何回馬車を停められて、何度馬車から降ろされて通行証を確認されたのか。もはや覚えてねぇ。あほみたいな警備態勢だ。
かすかに揺れる豪勢な箱車内、どんよりとけだるい空気が漂う。皆疲れて、呆けている。俺はげっそりとしているビセに向かってたずねた。
「はぁ……それにしてもよ、ビセ。この王領の警備は大げさすぎやしないか?」
「そうかしら……いつもこんなもんじゃないの? アタシは王領にはたまにしか来ないからよく知らないけどさ」
「俺も王領内部の事はよくしらねぇが……赤マント(宮廷魔術騎士団の俗称)の検閲がこんなに厳重にあるだなんて、きっと何か理由があるはずだ。何かの催事、戦時の警戒か。それとも重要人物の来訪……」
「さぁね、アタシ馬鹿だから、そんなことにはあんまり興味ないわ」
ビセは、口を動かすのも億劫だという風にため息をついて目を閉じた。
俺は仕方なく視線を小窓にうつした。そして外をのぞこうとした瞬間、突然馬車が急停止した。
俺とリラは前につんのめり、ビセに覆いかぶさりそうになる。しかし、すんでのところで何とかふんばり席に尻を戻した。 リラが息を吸い込んで、小さくつぶやいた。
「ひゃぁ、びっくりしたぁ……なんだろう」
リラが言い終わらないうちに、どん、どん、と馬車の扉が外から強く叩かれる。俺たちがびくりと息をひそめていると、再び扉が叩かれる。さらに強く。俺はビセの顔を見て声を潜める。
「……おい、まさか、また検閲か? さっき第三の隔壁の検問所で通行証を見せたところだろ?」
「もういい加減にしてほしいんだけど」
そのとき俺の隣、扉側に座っていたリラが俺たちを見渡して、話した。
「とりあえず、扉を開けるね」
そういってリラが扉を開けたとたん、小さな影が中に這いこんできた。影はするりと馬車の奥に入り込むと、あいていたビセの隣に陣取り縮こまった。それはガキだった。ガキは勝気な目で俺たちを見渡すと、リラに命じた。
「おい、お前、早く扉を閉じろ!」
「えっ……あ、うん」
リラは困惑しながらも、偉そうなガキのいう通りすっと扉を閉じた。ガキは満足げに、よし、とつぶやいた。てか、まて。いったい何様なんだコイツのこの態度は。
白灰色の髪をキラキラと流し、その下からのぞく丸い瞳は淡青色。光沢のあるブラウスに身を包んでいる。やけに身なりがいい。見るからに金持ちのおぼっちゃまといういで立ち。俺は一目でこいつの事が嫌いになった。
隣に座られたビセが俺より先に声を上げる。
「随分と態度が大きい物乞いね。で、今から、あり金を出せとかいうつもりかしら」
「物乞いなんかするものか。おい、ぼくを助けろ」
「勝手に他人の馬車に入り込んできて助けろですって。むしろ検問所の宮廷魔術騎士団に突き出してやってもいいんだけど」
「そんなことをしていいのか。僕のいう事を聞かないと、い、痛い目を見るぞ!」
「ぷっ……あっはははは」
ビセはいまのガキの必死な言葉が笑いのツボにはいったようで腹を抱えて笑い転げている。その時、馬車の外から蹄の足音がなだれてきこえる。周囲の空気がどことなく物々しくなったのが分かった。俺は身をかがめ、馬車の小窓からちらりと外を見た。
黒い大馬にまたがる赤い制服。宮廷魔術騎士団の連中が行きかう姿が見て取れた。どうやら、このガキの追手は宮廷魔術騎士団らしい。俺は急いで小窓のカーテンをきゅっと閉じた。改めてガキに目をやる。そして話をもちかける。
「おいガキ。お前の追手はどうやら赤マント(宮廷魔術騎士団の俗称)みたいだな。随分と大捕り物のようだ。お前が着ているその高そうなブラウスは貴族から盗んだものか?」
「盗みなんてするものか。なにもしていない。ぼくはただ……」
「何もしてないのに赤マントに追われるなんて変じゃねぇか。追われる理由を話せ。話さなければお前を赤マントに突き出す」
「は、話せば突き出さないのか?」
「話の内容による」
「そ、そんなの不公平じゃないか」
「世の中は不公平が当たりまえってもんだ。お前の首根っこは俺たちがつかんでいる。その首根っこをつかむのが俺たちか赤マントになるのかというだけだ。お前はもともと俺たちと交渉できる立場にすらいない」
ガキは一丁前に俺を睨んで唇をかんだ。そして、決心したように口を開く。
「くそう、ひどいやつだ……ぼくは、ただ、宮廷から抜け出しただけだ」
「宮廷から抜け出しただと……お前、宮廷の人間なのか?」
「ち、ちがう。けど、今は父上に従って宮廷に来ているだけだ」
「なるほど……腑に落ちた。ようやくこの王領の厳戒態勢の理由がわかったよ。おそらく今は『八頭会議』の開催期間中。そして、”父上に従ってきた”という事は、お前は八頭会議に参加している七大貴族の代表の誰かの親族といったところか」
「そ、そうだ」
それにしても、なんだか急にこのガキの話が信憑性を帯びてきた気がする。俺は嫌な予感がしながらも次の質問にうつった。
「で、お前は何家の人間なんだ?」
「……ぼ、ぼくはべリントン家」
「……えっ?」
「ぼくの名はミーゴスだ。ミーゴス・べリントン」
「えっ?」
その時、馬車の扉が勢い良く叩かれた。外から男の威勢のいい声が飛び込んできた。
「おい、扉をあけろ!」