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ウルの実兄 アッサム・べリントンの事情 ③



 ペセタルに別れを告げて、俺は足早に階下を目指す。


 八頭会議の場である“五層の塔”のエントランスをぬけて表に出る。視線を上げたとたんに自分のツキのなさを痛感した。


 まったく、今日は本当についていない。俺は自分の眉尻がむずがゆく歪むのを感じた。俺の目の前には気難しそうな表情の老騎士、シークリー・マヌルが立っていた。シークリーは俺に気が付くと、隣の男に小さく何かを告げてこちらに進んでくる。


 俺は頭を下げてやり過ごそうとした。が、シークリーの声が、かわいた空気にこだまする。




「これは、これはアッサム殿。先ほどは失礼いたしました」

「いえ、私のほうもつい口調が強くなってしまい、申し訳ありませんでした。それでは私はこの後用事があるので、失礼します」



 俺は、さっさとその場を去ろうと、あからさまに態度に見せる。シークリーを肩でかわして進もうとした。しかし、ほどなく後ろからシークリーの声が俺の肩をむんずとつかむ。




「少しよろしいですかな、アッサム殿」

「シークリー殿。聞こえませんでしたか。私はこの後、用があるため急ぐのですが……」

「お時間は取らせませんよ」



 シークリーのその言葉の中には強引な意思が含まれていた。“ぜったいに俺を振り向かせてやる”という意思が。

 俺はしかたなく立ち止まる。そして相手の思惑にのってやり、ゆっくりと振り返った。


 目の前の老騎士は、うす紺の上衣(チュニック)の上から黒いマントを羽織っている。腰には太いベルト。そこには見事な金装飾の施された長剣が垂れている。この長剣はマヌル家に代々引き継がれているという名剣『メリルエリヤ』だ。青白く光るミスリル製という事だが、さやから抜かれたところを見たことがない。


 その時、俺の頭の中にさっきペセタルと話した言葉が浮かぶ。マヌル家は今や“さびついた鉄剣”だとかなんだとか。もしかすると、あの立派そうに見える剣もさやの中身は案外と錆びついてしまっているのかもしれないな。見栄で守られた見せかけの剣。それを大事そうに携えるしなびた老騎士、シークリー・マヌル。


 俺の視線が剣にとどまったのに気が付いたのか、シークリーは不敵に笑っていった。




「おや。アッサム殿。我がマヌル家に伝わる名剣『メリルエリヤ』が気になりますか?」

「ええ。随分と立派な装飾がなされていますね。一度中の剣身を実際に見てみたいものです」

「この名剣『メリルエリヤ』は、抜かれるべき時を待っているのです」

「……なるほど。その“抜かれるべき時”とはいったい、いつなのですか?」



 シークリーの右の手が剣の柄に触れる。



「わかりませぬか、抜かれるべき時、という言葉の意味が」

「はい。私のような若輩者(じゃくはいもの)には、むつかしい質問です。私にとっての剣など、敵の首をはねる時ぐらいしか使い道はありません。剣をお飾りにする趣味は持ち合わせてはおりませんのでね」

「ふっ……なんとも無粋な返答だ。アッサム殿は確か、剣と火、二つの紋章を授かっておられる紋章師でしたな」



 どことなくシークリーの言葉に不穏な色合いがただよい始める。また、なにか余計な話に飛び火しそうな。そんなはりつめた空気。俺は言葉を少なめに切った。



「……いかにも」

「まことに残念ですな。二つの紋章保持者(ダブル・クレスター)自体が非常に珍しい存在であるというのに。その才覚に見合った信念を持ち合わせているようには見えませぬ」

「……どういう意味でしょうか?」

「ふむ、さっきから、質問の多いお方だ。おさな子のように年寄りに何でも聞けばいいというものではありませんぞ」

「気を遣っていれば。さっきから、いったい何が言いたいのですか?」



 意図せず大きな声が腹からこみ上げた。シークリーは相変わらず、飄々とした態度を崩さない。まるで俺が取り乱すのを楽しんでいるように、その顔にうっすらと笑みすら浮かべている。癪に障る、俺は続けて言い放った。




「くだらん嫌味を聞かせたいだけならば、失礼する」

「なにをおっしゃる……私は切に心配しているのですよ。アラビカ公国と隣接しているべリントン家の領地の事を、ね」

「まだそんなことを。我がべリントン家がエインズ王国を裏切り、アラビカ公国などと手を組むはずがない。シークリー殿。あなたはもしや、私と父の仲を裂こうとしているのか?」

「とんでもない」

「ならばいったいどういうつもりなのです。八頭会議でもダークエルフの噂話などを持ち出しておいて、これ以上私を愚弄する気ならば……」




 その時、遠くから俺の名を呼ぶはじける声。俺の怒りは宙ぶらりんに霧散した。俺はシークリーから視線をはずして、声の主に目をむけた。宮廷の庭をぬってこちらに走り寄る女の姿。あれは、我がべリントン家に仕える女騎士、ティリアナ・ハアルビー。


 ティリアナは息を切らして大きく手を振りながらまた黄色い声で叫んだ。



「アッサム様! ミーゴス様が、ミーゴス様がぁ!」



 ミーゴス。俺の息子。ミーゴス・べリントン。ティリアナは俺の隣まで走り寄ると、金に輝く髪を振り乱して大きく肩で息をする。前のめりに息を整えている。俺はティリアナを見下ろしてきいた。



「なんだ、ティリアナ。こんなところに来るんじゃない。お前はミーゴスの見張り役だろう」

「……それが、それが……申し訳ありません」



 ティリアナはがばっと顔を上げて俺の手をつかんだ。そして青くうるんだ瞳でこう告げた。




「ミーゴス様が、いなくなっちゃっタンですぅ……」

「なに? ミーゴスはこの宮殿の客室で……」

「そ、それがですね。ま、まど、窓から抜け出しちゃってですねぇ……多分おひとりで王都の見学に……」

「はぁ!?」



 なにをやっているのだ。俺は慌ててティリアナとともに走り出した。もはや俺の頭の中から、シークリーの事などきれいさっぱり消えていた。あのバカ息子め。





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