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ウルの実兄 アッサム・べリントンの事情 ②



「アッサム殿、あなたらしくないですな。八頭会議の場で感情的になるなど」




 背中から飛んできたペセタル・イルグランの声に俺は振り向いた。


 でっぷりと太った腹を前に押し出しながら歩く大男。首元には白いひらひらの襟。全身を左右に揺らしながらペセタル・イルグランがこちらに歩み寄ってくる。俺の隣に並ぶと白い歯を見せにこりと笑う。


 先ほどの八頭会議は一時中断。ここは先ほどの会議があった“円卓の場”の5階のバルコニー。眼下に広がるのは、見事に整備された宮廷の庭だ。俺は緑の庭に目を戻した。沈黙が嫌いなペセタルは、俺の隣に来るなり、次々と言葉をならべたてる。



「さきほどは散々でしたな。シークリー殿もお人が悪い。あのようなダークエルフの噂話などを八頭会議で述べるとは」

「……そうですね。しかし、先ほどはありがとうございました。あのまま、あんな話が続けば、私はシークリー殿につかみかかっていたかもしれません」

「ほっほっほ。またご冗談を。わたくしが思うに、シークリー殿は嫉妬しているのですよ」

「嫉妬? 私にですか?」





 首をかしげた俺を見て、ペセタルは口もとをおさえながら微笑んだ。




「ええ。あなたにというよりは、べリントン家にでしょうけれど。べリントン家から現国王が選出された時点で、シークリー殿が国王に選ばれる可能性はほぼなくなりましたからね。年齢的にも、次期王の任期となると絶望的でしょう」

「……口が過ぎますよ。ペセタル殿」



 本音で話すのがこの男、ペセタル・イルグランの美点。といえば聞こえはいいが、いささかぶしつけな話だ。ペセタルは俺のいさめを気にする風でもなく続ける。



「言葉は無料(ただ)です。わたくしは出し惜しみしない性分でね。まぁ、それにしても、シークリー殿の焦りもわかる気がします。栄枯盛衰というでしょう。かつて武闘派でならしたマヌル家も、いまは落ちぶれている。七貴族のうちでもその影が薄くなりつつあります。マヌル家のような戦士の紋章師を輩出する貴族は今のような平和な時代にはその輝きを失うのです。さびのついた古い鉄剣とでもいいましょうか。今の世では、その”さびついた鉄剣”の代わりに輝きを増すのは”宝石”です。今勢いのあるのは、貴族商人家系のルルコット家、それと……」

「芸術・学術系に強いイルグラン家、つまりあなた方というわけですね」


「ほっほっほ。よくおわかりですアッサム殿。この時代、民の心をつかむのは、商売と娯楽なのです。武人の時代は過ぎました」

「耳の痛い話です。我がべリントン家も武人の家系ですから」

「ご謙遜なさるな。べリントン家は戦士系の紋章師も魔術師系の紋章師も輩出する“光の貴族”と呼ばれているではありませんか。光とはつまり希望。現王のアルグレイ陛下、そのお子であるアッサム殿がいれば、まだまだ安泰でしょう。アッサム殿にもお子様がおありでしょうから。そのお子もきっと、類まれなる紋章師としての素養をお持ちでしょうね」

「……息子の事を褒められると悪い気はしませんが……」




 俺はふと、自分の息子の顔を思い浮かべた。王都を見て回りたいというから、今回の八頭会議に連れてきている。街に出る時は、必ず俺と行動を共にするという事を条件に付けている。今頃この宮殿のだだっぴろい客間で俺の帰りを待ちわびていることだろう。


 ペセタルの小さな咳払いが耳元で聞こえて、俺は我に返った。ペセタルは俺の心をさぐるような意味深な目つきで話す。




「しかし……べリントン家の領地であるジャワ渓谷でダークエルフの目撃情報があるというあの話は何なのでしょうね。なにかご存じではないのですか?」

「ええ。そんな話は聞いたことがありません。まさかペセタル殿も私をお疑いか?」



 ペセタルは肩をすぼめた。とりつくろうように言葉をつなぐ。



「滅相もない。そういう意味ではありませんよ。ただアッサム殿も“千年遺跡”の伝説くらいは聞いたことがあるでしょう?」

「もちろんです。この世界中のあちこちに突如として現れるという地下遺跡。遺跡の中にはダークエルフの残した”秘宝”があるとか……」

「そうです。様々な魔術を考案した一族です。その魔術の力で生き残ったダークエルフがいても不思議ではない。まぁ、千年遺跡の入り口には強力な呪いがかけられており、中に入ること自体が不可能だともいわれていますけれど。わたくしはこんな話をきいたことがあるのです。ただの噂ですので会議の場ではいえませんが……」

「……なんですか?」




 ペセタルはどことなく周囲を見回すような仕草のあと、声を落として、俺に顔を近づけた。




「ここだけの話ですが、どこぞの貴族たちが千年遺跡の入り口の呪いを解いて中に潜り込むため、水面下で“呪いの紋章師”を探しているとかいないとか……テマラ、という名の紋章師の話を聞いたことはありませぬか?」

「テマラ……ですか。私はそのような名の紋章師は知りませんが……その者がどうかしたのですか?」

「とても優れた呪いの紋章師らしく、そのちからはかなり強大だそうです。そのテマラの力を借りれば千年遺跡の呪いを解いて、中に入ることができるのでは、ともいわれている人物です」

「ほう……呪いの紋章師、ですか……」




 ウル。俺の弟であったウル・べリントン。あいつが、確か、呪いの紋章師だった。

しかし、べリントン家ではそのような不吉な紋章を持ったものは秘密裏に“処理”されてしまう。追放されるか、その存在を表舞台から葬り去られるのだ。しかし、あいつはすでに“病気で死んでしまった”のだから、いまさらどうこう思う事もあるまい。


 ま、いずれにしろ俺の領地であるジャワ渓谷で目撃されたというダークエルフの件については調べてみるとするか。それにアラビカ公国の王妃がにげこんだ、などという噂についても調査せねば。シークリーの話を信じるわけではないが憂いは絶っておかねばならない。

 


 俺はきびすをかえした。横目でペセタルに視線を送り、つげた。



「それでは、ペセタル殿、私はこれで失礼します。また明日八頭会議で」

「ええ。もう今日はお部屋にお戻りですか?」

「いえ。今から少し王都を回ります。息子が王都の中を見て回りたいというものですから、付き添いでね」

「なるほど。しかし、いまは八頭会議の期間中です。宮廷魔術騎士団による王都の警備もかなりきびしくなっています。こんな風に聞いていますよ。“道ゆけば通行証をと赤マント“だそうですから。何かと物騒です。お気をつけて」

「ええ。ありがとうございます」



俺は小さくなずいてペセタルと別れた。


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