ウルの実兄 アッサム・べリントンの事情 ①
さて、ここでいったん視点は主人公のウルからはなれます。
ウルの実の兄、べリトン家長男、アッサム・べリントンの視点へと移ります・・・・・。
俺は今、エインズ王国の最高意思決定機関である『八頭会議』に出席している。
俺の父である、アルグレイ・べリントンが国王に任命されたため、俺が父の代わりにべリントン家の代表となっているのだ。自分の父親とこんなところで話し合いをするはめになるとは。
ここは王都中央、最深部にある宮廷紋章調査局。
その敷地の一角にある“五層の塔”の最上階だ。
塔といっても年季の入ったおんぼろの木造建物。
五階となる最上階は壁がなく、外の景色の全方位が見渡せる独特なつくりとなっている。入り込んでくる涼やかな風を浴びながら、丸い大きなテーブルを囲み、いまこの国の七大貴族の代表と国王の8人が、顔を突き合わせている。
七貴族の筆頭である我がべリントン家。
そのほかには、ルルコット家、ラトヴィア家、ドネシア家、ルールー家、マヌル家、そしてイルグラン家、それぞれの家の代表が集まっているのだ。皆どいつもこいつも老獪そうな表情で、互いをけん制しあっているように見える。
それをとり仕切るのが、わが父、アルグレイ・べリントン“陛下”だ。
ひとしきり、皆が自分の領地の状況を説明し終わった後、ちょうど陛下と向かい合っていた席に座っている老騎士が口を開いた。
「恐れながら申します。陛下、かつてこの会議に参加していた同志である、アラビカ公国に関してですが……最近きな臭い噂をきいております」
しわがれた声ではあるが、どこか凛とした強さを感じさせる声の男。
マヌル家領主、シークリー・マヌル。
彼は確か、“盾の紋章師”だったと記憶しているが。シークリーの話に皆が耳を傾ける。陛下がうなずき、話の続きを促した。シークリーが陛下にゆっくりと話す。
「隣国である、アラビカ公国で起きたという“エルフの取り換え子騒動”の事はご存じでしょうか?」
「ああ、聞いている。現領主が自分の子供たちがエルフに取り換えられたと騒ぎ出し、子の命を奪って回ったと聞いているが」
「はい。その際に、逃げたアラビカの公国の王妃がこのエインズ王国のどこかに隠れ住んでいるとか……」
「なに? そんな話は聞いてはおらん」
「わたくしも最近聞いた話ですので定かではありませぬが……その王妃の潜伏場所がべリントン家領地のジャワ渓谷近辺だとか……」
その場の皆の視線が一斉に俺に向くのが分かった。いったい何の話だ。そんなことは聞いたことがない。俺はシークリーに目をむけて、やんわりと警告する。
「シークリー殿、そのような根も葉もないうわさ話をこのような場でされては困ります。私がアラビカ公国の王妃をかくまう理由がどこにあるのですか?」
「さぁ、理由などいろいろとあるでしょうから。ただね、アラビカ公国は魔鉱石の資源が豊富です。それに魔鉱石の加工技術力も高いものを持っている」
「だから何だというのです。我がべリントン家が、皆に隠れてアラビカ公国となにかの取引でもしているとおっしゃるつもりか?」
俺の言葉に、シークリーはつゆほども顔色を変えず続けた。
「いやいや、そうはいっておりませぬ。ただ、最近、ジャワ渓谷の辺りでエルフ族を見かけたという話を聞きましてな。もしやアラビカ公国にいるエルフ族に、いいように取り込まれてはいないかと心配に思いまして……ま、これは老いぼれの考えすぎならばいいのですが。なにせアラビカ家をそそのかし、このエインズ王国から独立させたのはあるエルフ族の入れ知恵だといわれているのでね」
「いったい何年前の話をされているのかな。シークリー殿も、お歳を召されましたな。なんでも、年を取るとありもしない心配事に頭を悩ませるとか……。そうだ、息子様に領主を譲るのもその心配事から解放される一つの手でしょう」
俺はわざとらしく手をうって見せた。俺を視界から外そうとしたのか、シークリーは小さくうつむいた。
「ふっ、ご心配頂いてありがたいが……アッサム殿も、陛下の心配事を増やすようなことはなさりませんようにな」
「いわれなくとも、抜かりはありません。それにエルフ族など珍しい種族でもありませんよ。エルフ族が怪しいなどというならば、ここにいるどの領主の土地にも怪しいものがいることになります。シークリー殿、あなたの土地にもエルフ族はいるのですから」
俺はシークリーをにらみつける。が、シークリーは浅黒く焼けたしわだらけの顔をこちらに向けなおした。うっすらと笑っているようにも見える。そしてさらに声を響かせる。
「かつてのアラビカ家をこのエインズ王国から独立するよう仕向けさせたのは漆闇妖精の末裔ともいわれています」
「ダークエルフとは。これはまた世迷言を。ダークエルフなど、とうの昔に絶滅した種族では?」
老いぼれのシークリー。こいつはいったいどういうつもりだ。俺の父である陛下の前で息子である俺にを恥をかかせようとする魂胆か。皆どこか冷ややかに俺を見つめてくる。
すると、シークリーが立ち上がり、俺にこう告げた。
「そのダークエルフが、ジャワ渓谷で目撃されたという一報が私のもとに入ったのですよ。アッサム殿」
ふいに空気がざわついた。この老いぼれはついに妄想にでも取りつかれたのか。その時、俺の隣に座っていた男が音もなく立ち上がる。そして、口を開いた。
「まぁ、まぁ、お二人様。ここでいったん休憩としましょう。ね」
そういって俺のほうに顔を向けたのはイルグラン家領主。ペセタル・イルグラン。つややかで色白の肌に、まるまると太ったあご。ペセタルは、にこりと笑った。俺が席に沈み込むと、陛下の声が響いた。
「そうだな。いったん中止にしよう。シークリー、アッサム。この話はまた後日だ」
その言葉通り、八頭会議はいったんお開きとなった。