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ランカの秘密

 そこから数日、無口なランカを調べる。


 察した通り、それなりにステインバード商人団では重宝されている男のようだ。

 若いながらも剣術や武術の腕は確かなようで、ステインバード商人団の護衛隊長を任されていることが分かった。


 昼間はステインバード邸宅のだだっぴろい芝生の庭で、護衛団員の剣術の指南もしているほどだ。

 険しい目つきで団員たちの後ろから(げき)を飛ばしている姿が実に板についていた。

 それに、ミカエルが外出するときは、必ずランカが付き従っているようだった。




 ちょうど邸宅が見渡せる位置にある屋敷の屋根の上。俺はランカの動向を探っていた。今日はやけに風が強い。突風ではがれたフードを俺はもう一度頭にかぶせる。

 その時、胸元のポケットからキャンディが不満げに顔を出して、大きな耳をこれでもかというぐらいに振り回した。




「つまんない、つまんない、つまんない、つまんない!」

「うるせぇなぁ。つまんないのはランカのせいだろ。文句があるならば代り映えのしない毎日を送っているランカに言えってぇの」

「はぇ……でもさ、どうしてあんなひどい仕打ちを受けてまで、あの変態オヤジにつかえてるのかしらねぇ」




 確かに。腕はたつし頭も切れる。商人団の護衛隊長なんかじゃなくともいくらでも働き口はありそうな男ではある。この前の夜に見たあの光景。あの夜ミカエルに何度も鞭でぶたれた背中の傷はまだ癒えてはいないだろう。

 傷っていうのはつけるのは簡単だが治るのは時間がかかるもんだ。どこからか押し寄せてきた憂鬱な気分。俺は大きなため息ではじいた。




「はぁ~。ま、時間はあるんだ。ゆっくりいこうぜ。こうして風を浴びてると気持ちいいもんだろ。俺はこういう時間こそがこの仕事の醍醐味だと感じているんだ」

「はいはい、そうですか。ところで、ウル。アンタ忘れてないでしょうね?」

「なにを?」

「アタシの新しい服を買ってくれるって約束よ」

「ああ、そんな事言ってたっけな……てか、お前、今ウルって言った?」

「え? アンタ、ウルでしょ」

「まぁ、そうだが……」



 気のせいか。

 こいつに初めて名前を呼ばれたような気もするが。どうだったか。







 ランカは時々、夜中に一人で出かける。

 それは酒場だったり、武具屋だったり、食料品区画だったりする。

 はてさて今日はどこへ行くのやら。


 俺は闇に身を包み、ランカの後をつけた。

 ランカは居住区をはなれて横道に逸れ街を外れていく。俺も後に続いた。


 



 どれくらいたったか。小高い丘から、ふと振り返れば街の灯が遠くに見える。

 そこからさらに前に進んでいき、小道を抜けると妙に広い場所に出た。

 そこには欠けた月を背に一軒の古びた屋敷がそそり立っていた。

 ランカは周囲を警戒するように一瞥した後、前に向き直り、その屋敷の扉をそっとたたいた。

 ほどなくして扉の中から出てきたのは黒いヴェールをまとった女。


 女はランカの背中を包み込むように押すと、そのままランカを中へ誘い込んだ。

 扉は2人を飲み込んで、音もなくゆっくりと締まる。



「なんだ……」



 俺は腰を低くしながら足音を立てないようにして、屋敷のそばに忍び寄った。

 屋敷の中からなのか、別の場所からなのか、女の叫びとも笑いともとれるような声が風に混ざり不気味に響いてくる。

 扉の前には看板も何もない。が、一つ目を引くものがあった。

 月明かりに浮き上がる真っ白い裸婦の彫刻。

 なまめかしい腰つきで、両の手を上に掲げて頭の上にリンゴを一つ大事そうに持っている。つき出た豊満な胸から下に沿って艶やかにすべっていく曲線は、ちょうど陰部に差し掛かるところですっぱりと真横に切れている。

 


 胸ポケットのキャンディがつぶやいた。



「……なにかしら」

「ま、若い男が夜中に通うとなると、ひとつしかないな。中にはこの彫刻のような女がわんさかといるんだろう」

「……なんだか、意外」

「意外なもんか、すごくまっとうだよ」








 その後、何日間か俺は街をであるいてみた。

 ここ数日なにやら町がいつになくうわついているのだ。


 通る家々の扉には青や黄色の花のブーケが飾り付けられ、町のいたるところでルルコット家の紋章旗が掲げられている。

 何かの祝祭の準備のようだ。

 俺は最近よく見るようになった広場の花売りの女に話を聞いてみることにした。


 行き交う人の中、腰に白いエプロンを巻いた恰幅のいい女が噴水のふちに座っている。

 隣には荷台。あふれんばかりの色とりどりの花が積まれている。

 俺は近づいて声をかけた。



「やぁ、売れ行きはどう?」

「いらっしゃい、良く売れるよ。特にバラがうれるね。薄紅のダリヤ種、ほんのり白いドルモレア種なんかが人気だね。なにせもうじき生誕祭だからね」

「生誕祭……だれの?」



 女は目を丸くした。



「誰って!? ルルコット城領主のご子息マルコ様さね! あんたもしかして旅人かい?」

「ああ、最近ここを訪れてね。この近くの宿に泊まっているんだ」

「そうだったのかい。いやね、なんだかご結婚の儀式が遅れてるらしいんだよ。そのかわりじゃないだろうけど、今度のマルコ様の生誕祭はいつもより盛大に開催されるらしくてね。お城でも祝賀会が開かれるって話だ」

「そうか、じゃ俺も花束をもらおうかな」

「ありがとう、一つ包んであげるよ」



 女はいくつかの籠から、手早く花を選んで抜き取る。



 領主の息子マルコの生誕祭か。俺は出来上がった花束を受け取りながら城の方角に目をやる。

 あの城の中、リゼはその生誕祭にも出席できず、どこかで一人幽閉されているのだろうか。


 俺は両手いっぱいの花束を抱えて、女に礼を言うと、さらなる情報集めに繰り出した。





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