一日の終わり(第七章 最終話)
フレイブル孤児院からの帰り道。うすぼんやりと夜の闇が忍び寄る頃。
聖都市フレイブルの中心街からはずれた道は細く、民家はまばらになってくる。隣を歩くリラが、ふとアントニーの名前を出した。
「ね、ウル。さっき、アントニーに何か言った?」
「ん? そうだなぁ、青くさいクソガキっていったかな」
「それ以外にも何か言ったでしょ。“保護者のウルをどこで見つけたのか”って何度も聞かれたわ」
「あぁ……その話か。それにしても“見つけた”ってよ。人を物みたいにいうやつだな、あのクソガキめ」
「アントニーはね、自分の事も物みたいに言うの。自分は親から捨てられたんだ。壊れた鍋ぶたと一緒だとかいうんだから。なんだか、聞いていられなくってさ……」
「かぁ~……ま、考えてみれば俺もアントニーと一緒だな。べリントン家からすてられた悲しきなべぶた男ウル・べリントン様だぁ! ってか」
リラは立ち止まる。俺が振り返ると、リラはあきれたようにため息をついた。お、ちょっと冗談っぽくしすぎたか。実は、まじめな話がしたかったのか。リラは口をとがらせる。
「もう! いまはまじめに話しているの! アントニーに変な入れ知恵しないでよ。特別自由市民の事を話すだなんて」
「孤児院の連中が何もいわないから俺が本当のことを言ってやったまでだろ。ああいうガキは被害者意識が強いんだからよ……。でも、リラ、お前、アントニーには俺をどこで見つけたって話したんだ?」
「全部話したよ。私がぬいぐるみに封じられていた事、ウルとどうやって出会ったか。どうしてウルが私の保護者になってくれたのかも」
「はぁ!?」
「なによ。ウルの言葉を借りれば“本当のことを話してやったまで”でしょ」
俺はリラに歩み寄り膝を落として視線を合わせ真剣にたずねた。
「リラ、お前まさか自分がダークエルフ族だという事までは話してないだろうな?」
俺の急な態度の変化に驚いたのか、リラは息がつまったような顔をみせた。そして少しの沈黙の後口を開く。
「大丈夫、それは言ってない。それだけは言うなってウルがいつも言ってるから」
「……本当だな?」
「ほんとだって。アントニーには私は雑種の亜人族ってはなした。私がダークエルフって言ったら私の身が危ないかもしれないんでしょ?」
「そうだ。良くも悪くも、お前は今の世では特別な存在なんだ」
「別にそんなことないと思うけど……」
俺は今の返事にひとまず胸をなでおろした。
俺たち紋章師とよばれる魔術師は、大抵一種類の魔術しか扱えない。時々優れたものが現れることもあるがそれでも最大で3、4種類が限度。しかし、リラの奴は何十種類もの魔術を扱うことができる。
俺たち紋章師は15歳の頃に『天資の儀式』と呼ばれる儀式を受けそれを通過したものは“覚醒魔術”によって魔術の力を開花させる。いってみれば、これはある種の強制的な力の引き上げといる。
しかしダークエルフ族の末裔であるリラはそんな“覚醒魔術”など受けなくても、自然のままでとてつもない魔術の才能を持っているのだ。もともとダークエルフ族そのものが様々な魔術を考案、開発したともいわれている特殊な存在。その力を利用しようと忍び寄ってくる存在というのは、いつの世でもいる。
俺はリラには外で魔術を使わないように言いつけている。そして自分がダークエルフ族であることも黙っているように、と固くいっている。
リラ自身はあまりピンときていないようだから、そこが一番心配なのだ。
俺たちは再び歩き出した。細い道の先、ようやく見えてきた我が家。なんとなく黙り込んだままの時間が続いていたが、少し後ろを歩いていたリラが話した。
「ね……ウル。私考えてみれば、ウルの昔の話って聞いたことない」
「へ? 別に話すことなんてねぇからなぁ。俺がべリントン家から追い出された時の話なんて聞きてぇのか。くその足しにもなりゃしねぇぞ?」
「ぜひ聞いてみたいもんだわ!」
「お?」
「……なによ」
「今一瞬、キャンディが“出た”な」
「どういう意味よ」
「お前はおこらせるとキャンディになる!」
「ちょっとっ!」
俺はつかみかかろうとするリラの手をひらりとかわして、家に向かって走った。そうだな、いつかリラにも話してやろう。
俺のクソの足しにもならない過去ってやつを。
第七章 ダークエルフ族のリラ編 完
少し短いですが、この章はここで終わりです!
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