悪がきのアントニー
リラがいる孤児院の入り口、白煉瓦の門をくぐりぬけて中庭に入り込む。
ぐるりと中庭をつつむような廊下。ここのどこかが孤児院に続いているはず。遠くから子供たちの声がこだまする。その時ふと中庭の椅子に腰かけている小さな影が目に入る。
短く刈り上げた頭。どうやら男の子のようだ。年の頃は12歳くらいというところか。俺は後ろから近づいて声をかけた。
「よう。そんなところで一人でなにしんてんだ?」
「……あ、リラ姉ちゃんのお迎え?」
「ああ、そうだ。よくわかったな」
なかなかやるなこのガキめ。俺はまだこの街にきてから孤児院には3回ほどしか足を運んでいないってのに。何度かリラの迎えに来たところを見ていたのだろうか。俺は椅子の前に回り込み、寂しそうに座る男の子の隣に腰かけた。その小さな横顔に話しかける。
「もう、そろそろ晩飯の時間だろ。ここの晩飯はたしか結構早い時間だったと思うが」
「お腹すいてない。僕……うちにかえりたい。どうしてリラねえちゃんには家があるのに、僕にはないんだろう?」
「ふぅ……むつかしい質問だな。大人の事情ってやつだ」
「そんなのずるい。僕にパパとママがいないからダメなのかな」
「ハッキリ言ってやる。その通りだ。お前は親がいないからここにいる。この孤児院から出るにはお前の親の代わりになる人物がいないとダメなんだ。少なくともお前がこの国の成人として認められる15歳になるまではな」
「そうなんだ……教えてくれてありがとう。孤児院の大人の人たちは何もおしえてくれないんだ。だから僕、すごく腹が立って。いま孤児院の人とケンカしちゃったんだ」
男の子はすっとこちらを向いた。勝気なまなざし。唇をぎゅっと結んでいる。どこか人を寄せ付けない、なんだかそんな空気をまとっている子だ。俺はガキが嫌い。だってすぐにつけあがるんだもの。
「あのな、教えておいてやる。孤児院の人たちはお前の事を傷つけまいとしているんだろうよ。お前に気を遣ってるんだ。それにお前の面倒を見てくれているんだから、ケンカなんかせずに、感謝しろ」
「感謝はしているさ……でも嘘をつかれるのは嫌だ」
「嘘ってわけじゃないだろ……お前、名前は?」
「僕は、アントニーだ」
どこかで聞いた名前。もしかして、今日の朝、アプルがいっていた男の子じゃないか。確かリラに花をプレゼントしたって言ってたっけな。なんだか急にアントニーの見方が変わる。はぁ、俺のダメなところだ。名前を聞いたとたんにそいつの人となりを想像してしまう。
「アントニー、孤児院を出たいなら“保護者”を見つけろ。孤児の為の特別自由市民制度ってのがあるんだ、それをつかえばここから出られる」
「ほんと? じゃ、おじさんがなってよ!」
かげがさしていたアントニーの表情に明るさが戻る。そんなにここを出たいのか。
「アントニー、悪いが、この制度は一人の孤児に保護者一人までだ。俺はすでにリラの保護者として申請しちまったから無理なんだよ」
「じゃ、もしおじさんが、リラ姉ちゃんの保護者になってなかったら、僕の保護者になってくれた?」
「いんや、なってねぇな。どうして俺がお前みたいな青くさいガキの保護者にならにゃならんのだ」
「どうせ、リラ姉ちゃんがかわいいからなっただけだろ、エロおやじ!」
「なんだと、このクソガキ!」
その時後ろから声がした。
「アントニー、何してるの、もうみんな晩ごはん食べ終わりそうよ、あれ? ウル?」
俺とアントニーが同時に後ろを振り向くと、目を丸くしたリラがたっていた。俺は立ち上がりため息をついた。
「リラ、ちょうどよかった。とっととこのガキを連れていってくれ、ったく」
「さ、アントニー、早く来なさい。ベルさんと仲直りしなきゃダメでしょ」
アントニーは、は~いと弱々しいなま返事をした。すっと立ち上がり、すごすごと従った。廊下の向こうに消えていく。リラの前ではしおらしいというのは本当のようだ。リラは、俺のほうを向いて、もう少しまっててね、と言い残してアントニーの後を追った。俺は再び椅子に座り込んだ。
もしかすると、ここに来るのはあまりいい事ではないのかもしれん。俺が迎えに来て、リラが家に帰る。そのたびに、どうして自分たちは家に帰れないのかと思う子もいて当然だ。ただな、普通は孤児の保護者になりたがる奴なんて現れるほうが珍しいのだ。
アントニーには酷な現実だが、いつまでも嘘をついていたって仕方がない。そこは、あいつ自身が乗り越える必要があるのだから。
ま、たまに顔を出して街に連れ出してやるくらいはしてやってもいいのかな。俺はふと空を見上げる。雲が遠い。どこからか、いい香りが漂って来る、これは鶏のスープのにおいか。
また、遠くから子供たちの声。夕焼けの空に楽しそうな笑い声が響き渡った。