一応保護者なんです
俺たちは陽を跳ね返すキラキラした石畳を踏みながら、出店の並ぶ大通りを抜けていく。
まったく騒がしい街だ本当に。すれ違う人の多い事。皆一体どこへ向かっているのか。
そんな俺とリラが目指すのはこの街の観光名所フレイブル大聖堂。少し前にちょいと呪いのお仕事でいろいろと“お世話”になった場所だ。リラは俺の隣でいましがた手に入れた白いうさぎの蝋細工を眺めながら歩いている。ちゃんと前を向かないと、誰かとぶつかっちまいそうだが。
それにしても、リラの奴。いろいろある蝋細工の中から、よりにもよってうさぎを選ぶとは。リラとうさぎは何かと因縁があるのだろうか。リラの魂が呪いにより封じられていたのは黒いうさぎのぬいぐるみ“キャンディ”の中だったのだ。
俺は蝋細工のうさぎに夢中になっているリラにきいてみた。
「なぁ、リラ。お前さ、キャンディの時の記憶ってどのくらい残ってるんだ?」
「う~ん……ちょうどウルと出会った時くらいからかな。はっきりとはわからないけど、ランカやリゼのことはきちんと覚えている……それに」
「それに?」
「今の言葉もわかる」
「だよな!? 俺ずっと不思議だったんだよ。ダークエルフの一族は古代エルフ語と超古代文字とよばれる難解な文字を使っていたといわれている。でもお前は今の俺たちの話す言葉も、書き言葉もすんなりと理解している」
「そうね。私もすっごく不思議。習ってもないのにね」
ふうむ。黒いうさぎのぬいぐるみ”キャンディ”の中に呪いによって封じられていた魂はふたつ。リラと冥界の女神エレシュキガル。呪いから解放されたときに、エレシュキガルがうまい具合にリラの記憶を調整したのかもしれない。神の御業というわけか。ま、俺がいくら考えても理解の及ぶところではないな。
この大きな通りの向こう、もうすぐフレイブル大聖堂が見えるはず。そこである人物と待ち合わせだ。俺たちは先を急いだ。
俺とリラが大聖堂前広場の噴水で待っていると、どこからか俺の名を呼ぶ声が聞こえる。ふと周囲を見渡すと、行きかう人なみの向こう、紺色の修道服に身を包んだ巨乳美女アプルが手をあげて小走りに向かって来る。
俺とリラは同時に手を上げた。リラが飛び跳ねてから、アプルに向かって走り寄る。アプルは両手を広げてリラをその豊満な胸に迎え入れた。嗚呼、うらやますぃ。アプルはリラを抱きしめていつものセリフを言った。
「やーん、わたしのお人形ちゃん! リラ、リラ、リラ! 相変わらずかわいいわね~!」
「あはは、アプルさん、久しぶり」
「そうね、5日ぶりかな。会いたかったわ」
「私も! ね、これ見て。さっきウルに買ってもらったの。うさぎの蝋細工」
「ん? あらいいじゃない。それにしても、またうさぎだなんて」
リラはアプルに向かってうさぎの蝋細工を自慢げに見せている。なんだか少し年の離れた姉妹みたいだな。俺がゆっくりと二人に歩み寄るとアプルは蝋細工から目をそらしてこちらに顔を向ける。小さく微笑んだ。
「こんにちは、ウルさん」
「よう。悪いな。今回はいろいろと頼んじまって」
「いいんですよ。わたしにできる恩返しなんてこれくらいしかないから」
「別に恩義なんて感じてくれなくていいぞ。お前さんの父親の呪いを解いたのは成り行きなんだから」
「だからこそです。ウルさんはわたしの家族を救ってくれたんですもの」
「よしてくれ。ところで、例の件は大丈夫だったか?」
「ええ、リラは孤児として教会のほうに登録して、今回は保護者としてウルさんの名も登録しました。これで、一応はリラに特別自由市民としての身分は与えられます。手続きが終わるまでには、もう少し時間がかかりますけど」
「そうか、よかった」
これでリラの身分は確保できた。こういう大きな街に住むときには身分の保証が必要となるのだが、リラにはそれがない。千年前のダークエルフ族なんて言ったところで、どうなるわけでもない。俺はひとまずリラを亜人族(異人族同士の混血)の孤児として扱うことに決めたのだ。
教会の孤児院に保護される子供たちの中には親が誰かわからない子や何の種族かわからない子も多い。そのために教会が実施している福祉制度があるのだが、それが孤児の為の特別自由市民制度だ。
しかし、その制度を使うには条件がある。必ず自由市民である保護者をひとりたてること。
恥ずかしながら、俺がリラの保護者となる。う、恥ずかしい。独り身のおっさんが、ほ、保護者って。ま、いってみれば血のつながらない親子だな。制度上俺はリラの里親みたいなものになるってことだ。
俺はリラに言った。
「さて、リラ。俺はちょっと客のところに行ってくるから。またしばらくアプルと一緒に孤児院にいってくるか?」
「うん! 私、お手伝いしてくる!」
リラはそういうと、アプルの腕にしがみついた。アプルは少し困った顔をしたものの、少し考えてリラに目をやり口を開く。
「そうねぇ……わたしは午後から孤児院にもどって書き物の仕事があるから、わたしの仕事が終わるまで、また孤児院のこども達と遊んでおく?」
「うん! そうする!」
「よし。実はリラ、あなたあの子たちから人気あるのよ、リラが来るとね。悪ガキどもがみんなしおらしくなるんだから」
「え? ほんとにぃ?」
「あなたしらないでしょ。年長のアントニーなんて普段めちゃくちゃ悪ガキなんだから」
「アントニーって、あのアントニー? すごく優しくていい子じゃない。この前なんて私に摘んできた花をくれたよ?」
「え? ほんとに!? アントニーったら、リラの前だけいいかっこうするのよ。そうだわ、今日ちょっと隠れて見ておいて。アントニーの本性がわかるから」
「うふふ、楽しみ。あ、じゃあウル、わたしまた孤児院に行ってくるね」
リラはそういって手を振るとアプルと腕を組んで大聖堂前の広場から人なみの中へと消えていった。俺は笑いあう二人の背中を見えなくなるまで眺めていた。
「さてと……お仕事、お仕事」
俺はその足で今回の客の家へ向かった。