白いウサギのロウソク
初仕事の男の話を聞き終わったあと、俺とリラは街に出た。いつもの散策だ。
リラの奴は、とにかくいま自分が身を置いているこの世界のすべてが新鮮で楽しいらしい。リラの一族であるダークエルフたちはずっと地下都市に住み着いていたのだそうだ。地上に出ることはめったになかったと言っていた。
それに、リラの意識はぬいぐるみに封じられて以来、千年近くも眠ったきりだったのだ。目覚めた今、まるで別世界に来たようだろうな。
この街の大通りを歩くだけで毎日新しい発見がある、とリラは嬉しそうに言う。俺たちは隣同士、一緒に歩く。すると、リラが俺を見上げて聞いてきた。
「ねぇ、ウル! あれなに?」
俺はリラの指さすほうを見る。そこには出店があった。カラフルな天幕の下、こじんまりとしたテーブル。その上に並ぶ色とりどりの動物の小物。馬や猫、竜なんかもあるようだ。それぞれの動物の背中や頭から、小さな白いひもがちょこんと伸びている。
「ああ、ありゃ、蝋細工(ロウソク)屋だな」
「蝋細工屋さんまであるんだね~、素敵!」
リラはそういうと蝋細工のならぶテーブル前まで駆けていき立ち止まる。その中のいくつかを手に取り上から横から眺めている。なんだかひどくうれしそうな表情を見せやがるなぁ、ほんとに。蝋細工一つであそこまで楽しそうな顔を見せられると、なんだかこっちまで笑顔になりそうだ。
俺は蝋細工を楽しそうに眺めるリラまで追いつくと、うしろから声をかける。
「何かいいのがあったか?」
「う~ん。猫のも可愛いし、意外と豚さんのもいいなぁ……」
「どれかほしいものがあるなら、買ってもいいぞ」
「え? ほんとに?」
リラは目を丸くして俺を見ると、いつものように、にこっと笑った。そしてすこし真剣なまなざしで蝋細工を選び始めた。俺は何となく視線を移す。蝋細工が並んでいるテーブルの向こうには椅子に座りじっとしている店主らしき人影。俺は少し、びくりとした。頭に赤い布を巻いた老婆。黄色くとがった鋭い目、頬には長い髭がピンと外向きに生えている。【猫耳族】か。この街は本当に様々な種族がいるんだな。
俺がリラと住む街としてこの街、聖都市【フレイブル】を選んだのにはいくつかの理由がある。その理由の一つが、異人族がおおいという事だ。リラの見た目は非常に目立つ。腰までの銀髪。とがった両の耳、うっすらと黒く光る肌。長い手足に小さな頭。
人間族しかいないような辺境地の田舎では目立って仕方がないのだ。しかし、これだけ大きな街で異人族の混ざり合う場所ではとたんに目立たなくなる。目立つとまずいとも思わんが、やはり絶滅したはずのダークエルフ族なのだ。妙な興味をもつやつが出てきてもおかしくはない。
「ウル! 私、これがイイ!」
「ん? 決まったか」
リラの手にはウサギをかたどった白い蝋細工が乗っていた。頭のうえから小さな芯が伸びている。俺はうなずいて、ポケットに手を突っ込むと奥の店主らしき猫耳族の老婆に声をかけた。
「ちょいとすまねぇ、このうさぎの蝋細工を一つ頂こう。いくらだい?」
「あぁ……ありがとよ、鹿の銅貨2枚だよ……それにしてもきれいなお嬢ちゃんだねぇ、あたしの若いころそっくりだよ、ほぉっほぉっほ」
「へ? 冗談はよしてくれ。リラが将来、ばあさんみたいになるの?」
「ほぉっほぉっほ、そうじゃろうな。リラちゃんというのかえ、またきておくれ。もしも作ってほしい動物の蝋細工があるのなら注文もできるからねぇ、言っておくれよ。お嬢ちゃんみたいな美人さんには特別まけてあげるよ」
老婆はリラに目を向けて微笑んだ。リラは、ありがとう、と言葉を返す。
俺は銅貨をつまんで、伸びてきた老婆の手にのせた。老婆のしなびた指は妙に大きくふとかった。こんな大きな手でこんな器用な細工ができるものなのかねぇ。俺は妙に感心してしまった。リラは買ったばかりのうさぎの蝋細工を、陽にかざして嬉しそうに眺めていた。